大学に入ったばかり頃、東京の学校に進学した事を少し後悔していた。地元の山梨とは違い、水道水はカルキ臭いし、夜も暗くなる事はなかった。色が多い。ギスギスした、目に悪そうな不自然な毒々しい色。そう強く思っていた。それでも名前にひかれたサークルがあったので、これで何か変わればと、期待して入った。新入生歓迎会の時に、初めて話しかけてきたのがまさに岡崎さんだったのだ。
「お前、やなぎって読むの、これ」
「はい?」
 手書きで書かれた名札を指差して、岡崎さんは私の右隣にどかっと座ってきた。
「柳井です」むすっと答える。
「そう柳井! ちょっと言いづらいね」
 悪気はないと言ったような表情を見せる。あまり初めの印象は良いものではなかった。その場のノリで楽しめるような性質ではなかったので、その中心にいそうな人物に迫力負けしていた。
「柳井は何でうちのサークル入ってくれたの?」
「それ、皆に聞いて回ってるんですか?」
「ははっ。ひねくれてるなぁ」
「別にひねくれてなんていません」
笑顔で返されたので、調子がくるってしまう。
「で、どうして」
その「どうして」と言う言い方が、印象とは真逆にとても落ち着いて聞こえた。表面の色だけではなくて、深い色が見えた気がした。
「星降りの会って言う名前が気に入って」
 気恥ずかしく呟く。
「それ、俺が付けた名前なんだ」
 岡崎さんが付けたと言うよりも、こんな言葉を思いつける人なのだと、印象に残った。そして少しお互いの話をした後で、サークル名の由来を教えてくれた。
「俺、生まれ変わったら銀色の猫になって夜を散歩したいんだ」
 ゆっくりと話してくれるテンポと同じように、深く相槌を返す。みぃの事を思い出しながら、話を聞き入る。
「ほら、猫って夜と仲が良いだろう。分かるかな。だから俺は銀の猫になって、夜を自由に歩き周りたい。何処までもね。こんな奴が意外って思うか?」
「いえ、素敵な夢だと思います」
 それは正直な感想だった。
「うん。それで、色々なものを見たい。とにかくどっかに行きたいんだよな。まぁ、猫になるのは無理だけど、皆で夜を無駄にしないように、楽しく遊びたいって命名したんだよ」
銀色の猫になりたいと言った岡崎さんの瞳の奥が、本気だと言うことを私は気付いていた。
「猫がお好きなんですね」
「彼女たちは気まぐれだけどな」
「確かに」
「あ、この話は皆に言って周ってる訳じゃないから」
二人の声は初めて重なり、笑顔に変わった。