しばらくして、大量の飼育セットが入った段ボールを倉庫から運び出そうとした時に、後ろに誰かが立っているのに気づいた。
「女の子が持つには、それは重過ぎるだろ」
 聞き覚えのある声だった。葵よりも落ち着いた声。すぐに私の記憶の中から、口元に名前が送られた。
「岡崎さん・・・」
「柳井、久しぶり」
驚いた。大学時代、入っていたサークルの先輩だった岡崎さんが、私の目の前に立っている。ジャケットは着ていないが、ちゃんとアイロンのかかったワイシャツにモスグリーンのネクタイを締めて、『本社営業部 岡崎』と書かれた名札を首から下げている。
「新宿支店に同じ名前があったから、もしかしてと思って来てみたら、本当に柳井だった」
 歯並びの良い口を大きく広げながら、懐かしい張りのある声で笑っている。
岡崎さんの、頬骨を上げて笑う顔が、あの頃ずっと好きだった。意地悪そうな目も、「柳井」と呼ぶ声も、煙草を挟む左手も、私は岡崎さんの事が好きだった。
いつだって見ているばかりで、言葉に出来なかった思いが、心の中を駆け巡る。
「何だか、雰囲気変わりましたね」
 私の代わりに段ボールを台車に乗せてくれた岡崎さんの腕は、適度に筋肉が付いていて、動くと微かに煙草の匂いがした。
「大学の頃に比べたら、嫌でも落ち着くさ」
 夏の赤が心を刺している。倉庫の中には、暑さと蒸した空気が淀めいていた。
「柳井は、目もとが優しくなったな」
 私が好きだった人が、私を真っ直ぐ見ている。