夜の鯉は黒に溶けていく。怪しげに、水の音を沈めて、ひっそりと。
東京に暮らし始めてまず思ったのは、夜の空が赤いということ。まるで錆びついた鉄のように淀んだ色をしていて、月と星たちの会話の邪魔をする。
昔から色に敏感だった私には、東京に散らばっている無駄な色が苦手だった。
 新宿のペットショップで働き始めて二年、ごちゃごちゃした忙しない時間の中で過ごしている。
開けっ放しの窓からは、人を小馬鹿にしたような風が乱暴に髪を撫でていくのが分かる。先月、モカブラウンに染めてもらったこの髪も、今はもう柔らかさが抜けて唯の茶髪になった。毛先も透明感はなく、少しだけ痛んでいる。
「葵の髪は、元からこの色なの?」
膝枕をしてあげながら、癖のある髪にそっと触れてみる。
「うん」
 綺麗な栗色の髪。日曜日の夕日と同じくらい、優しい色をしている。
「これじゃあ、先生とかに誤解されたりしたでしょ。地毛にはあんまり見えないものね。」
葵は眠そうに身体を丸める。
 中学三年生の夏休みに、初めて自分の髪を染めた。少しだけ大人になったような、まだ幼さの残る顔には不似合いの、ぎすぎすした金髪に近いような色だった。
「私もこんな色に出来たらいいんだけど。すぐに、普通の茶色になっちゃうから」
 その後で担任にこっぴどく怒られた事を思い出す。そして東京で見かける中高生の髪色が、地元ではありえないほどの、綺麗に染まった金や赤だった事にとても驚いた。
「葵、寝ちゃった?」
 返事が返って来ないので、私の思い出話はまた後にしようと思う。微かに聞こえてくる寝言のような息が、規則正しく波紋のように部屋の中に広がる。