シイナはかすかに笑んだ。
「ユカは完全な女性体でありながら、子供を産むことはほとんどできなかった。妊娠しても流産や死産で、もう正常な子供は望めないこともわかっていた。だから、あれは最後の実験だったのよ」
もう十年以上前のことだ。
ユカなら、フジオミも憶えていた。
今の自分達より少し年上の美しい女性だった。
会うたびに優しく笑いかけてくれた。
厳しいことも言ってくれた。
それはフジオミの決して理解することのできない母性を、垣間見せるかすかなぬくもりだった。
フジオミの母は出産の後、我が子に乳を与えることもなく亡くなっている。父もとうになく、彼は物心ついたときから一人だったのだ。
そういえば、最後に見たあのときも、ユカは身篭もっていた。
事実上純粋なサカキの血脈は、ユカと彼女の兄であるマサトで絶えていた。
彼等の両親はいとこ同士だった。
マサトは時期が合わず、伴侶を迎えることなく死んだ。
ユカも最後の出産の後、三年ほど経って事故で死んだ。
だが、それでもフジオミの憶えているかぎり、ユカは幸せそうだった。
目立ってきたお腹を擦る仕草は美しかった。
ふと、彼の内に疑問がわきあがる。
そんな彼女が、我が子を実験に使ってくれなどというものだろうか。
「ユカは、彼女は承諾したのか」
「ええ。むしろ彼女が進んで志願したのだそうよ。この実験の成果が次代の研究に役立つようにとね」
「まさか、同じサカキの、マサトの凍結精子を――」
「そう。ユカの最後の人工受精は近親者のものを使ったの。皮肉だわ。他のどの正常な精子を使っても駄目だったのよ。それなのに、近親者の、実の兄の子供だけが、産まれてきた。もちろん、事前に遺伝子操作はしたわ。
でも、こんなに著しい結果がでるなんてね。先天性の遺伝病。しかも、生殖能力もないなんて」
ユカとマサトは極めて正常な強い遺伝子を保有するサカキという家系の子孫だ。シイナとフジオミという家系も、ここの血を少なからずひいている。確かに実験にこれほど最適なものもない。
繰り返された他との交配によってそれぞれ血こそは薄れたが、極めて近いものである。
薄められては重ねられる婚姻も原因して、ほとんどの血筋は絶えてしまった。