そんなとき、どこからかすすり泣く声が聞こえた。
折角我慢していた涙も、その切ない旋律に誘われて、ちょろちょろと流れ始める。

あーあ……わたし、まだまだ駄目だなぁ。
大洪水を起こす目元を手で触って、実感して、落胆する。
そして声のした方向を、少し恨めしそうに振り返った。

「弥生……大丈夫だよ。安藤は死なないよ」
「けど、もう、駄目だよ……だって、ほら……」

一瞬誰だか分からなくて、目を凝らして嗚咽を漏らしている女を見つめた。
そして数秒後、やっとのことで顔と名前が一致した。
一生懸命声を抑えて泣いているのは、伊藤弥生だった。

普段はものすごく派手な化粧をしているのだが、涙などで落ちてしまったのだろう。その顔はわたしの知らない顔と化していた。
すっぴんと化粧をしているのでは、ものすごく顔が違う。見間違えてしまうほどだ。
女ってつくづく恐ろしい。

伊藤さんはなぜこんなにも泣いているのだろうか。
いや、こういう風に連れて行かれて泣くのは普通なんだろうけれど、落ち込み振りが尋常じゃない。
もしかして伊藤さん、安藤のこと好きだったのかな。

そんなどうでもいいことを考えながら、わたしはついに両手で顔を覆ってしまった彼女を見ていた。

「うわあ、ああああ……!」

するといきなり伊藤さんはその場に崩れ落ち、叫んだ。
みんなが何だ、何だ、と伊藤さんの方に視線を寄せる。
わたしも何でこの子はいきなり叫び出しているんだと眉に皺を寄せていた。

だが、気付いた。
安藤の叫び声が消えたのだ。嗚咽も、荒れた息の音も。

それは安藤の死を指していた。