せっかくカナちゃんが頑張ってくれたけど、私にはそれより大事なことが分かったから。


車に乗り込んでから、心に深く誓っているとカナちゃんが戻って来た。

「ごめん、遅くなったかな?」
「そんなことないよ。」

ダメだ。
今、絶対にちゃんと笑えてなかった。

「どうか、した…?」

シートベルトをしながら、私の顔をのぞくように見つめるカナちゃん。


今、言うべきだよね。

今しか、ないよね。


私は意を決してカナちゃんの顔を見据えた。

「……?」
小首を傾げるカナちゃん。

話、聞かれてたとは、思わないよね。
ごめんねカナちゃん。

心の中でカナちゃんに一度謝り、私は話をはじめた。


「学校……行きたくないっ」

「え……?」





カナちゃんの戸惑っている声が、静かな車内に響いた。







「…行かなくても、いい?」

最後に一言、付け足してみた。
カナちゃんと、一緒にいたい。

強い思いが、無気力な私をこんなにも動かした。


はじめて気づいた恋だから。
はじめて、好きになった人だから。

この、一分一秒を大切にしたい。

少しでも長く、カナちゃんと時を過ごしたい。


「……いいよ、分かった。」


カナちゃんは、あまりに穏やかな声だった。

まるで、私がそう言い出すことがわかっていたような、そんな声だった。


「…俺は、マコが後悔しないならそれでいい。」

「……ありがとう。」

それ以上、何も言えなかった。



お母さん、ごめんなさい。
あと4日だけ許して?

お母さんの夢みた高校生活だけど、4日だけ休むね。

4日だけ、麻琴は“マコ”としてカナちゃんのそばにいます。






それから、日が暮れるのはあっという間だった。

気づけば夜になり、朝になっていた。


考えごとばかりしていると、時間が過ぎるのが早く感じる。


そして今、朝6時。
起きなきゃ…

ガバッと布団をめくり、ベッドからでて部屋をあとにする。



「……っ」

リビングのソファーでは、カナちゃんがスヤスヤと寝息をたてていた。

カナちゃんがいるとは知らずに腰掛けようとしてしまった私は驚きのあまり声も出なかった。


「……」
気づいたけど、カナちゃんってよく寝るよね?

って、いけないいけない。
見つめたらカナちゃんは起きるんだ!!

私は何もなかったかのようにキッチンへと向かい、朝食の支度をはじめた。






朝食の支度をしながら、何度かチラッとカナちゃんを盗み見たけど起きる気配はなくて……

相当、疲れてたんだろう。

何せここ数日間、今まで1人暮らしだったカナちゃんが女の私と暮らしてるんだ。

いくら私みたいな女にでも、カナちゃんはきっと気を使っているハズだ。

疲れない、ワケがないんだ。


朝食の支度を済ませた私は自分の部屋に行き、毛布片手にソファーで眠るカナちゃんのもとへ。


「スー…スー…」

安心しきった表情。
こんな顔、ほかの人には見られたくないな……

「ん……」

「…っ」

突然、カナちゃんが声を出すものだから私は思わずソファーから飛び退いた。

「ん……?マコ?」
眠たそうに瞼を擦りながら身体を起こすカナちゃん。






「………」

何も喋らないカナちゃんを不思議に思って、飛び退いた場所からカナちゃんをみる。

「…っ///」

何、その顔……っ!!///
は、ははは、反則だよっ!!!?

私の視線の先には、毛布を握りながら寝ぼけ眼で嬉しそうにフニャッと笑うカナちゃんの姿。


寝起きってことだけでも色っぽいカナちゃんは、フニャッと笑うとさらに色っぽい。

な、なにごと………!?


「か、カナちゃん……?」

私が呼びかけると、カナちゃんは満面の笑みで振り返った。


か、か、可愛いーーーっ!!

何、その顔。
思わずキャラが変わりそうだったよ。


暴れる心臓を何とか落ち着かせ、もう一度カナちゃんに話しかけた。



「カナちゃん、何か良い夢でも見た?」






「…ううん。ただ……」

「ただ?」

「良い事、はあったよ。」
本当に、嬉しそうに笑っている。


あ、この笑顔、いつもと違う。
“ニセモノ”じゃない。
“ホンモノ”だ。

本当の、カナちゃんだ。

何となくだけど、本当に嬉しそう。
こんなに感情を表に出すような人じゃなかったはず。


ってことは、相当嬉しいことだったのか、私に少しは気を許してくれているのか、だよね。


どちらにせよ、気になる。
何がそんなに嬉しかったのだろうか。

聞いても、いいのだろうか。

“何も聞かない”
そう約束したのは私だ。

だけど、それくらい、聞いても…?


悩んでいると、カナちゃんがこちらに歩み寄って来た。


「……?」

「…ありがとう、マコ。」

「え……?」


突然の“ありがとう”に驚く。
何がありがとう、何だろうか。





「毛布、かけてくれたのマコだろ?」

眠たそうにそう言うカナちゃんは、嬉しそう。

もしかして、カナちゃんが言ってる“良い事”って……?




「すんげぇ、嬉しかった。」




きゅん。

「…ありがとな、マコ。」


きゅん。きゅん。



何よ、こんなの、卑怯だよ……

そんなカッコいい顔で、甘い声で、上目遣いで……


そんなの、ズルいよ……

せっかく、諦めようとしてたのに。
あと、3日しか一緒にいられないから、諦めようと思ってたのに。


無理じゃん。
諦めるなんて、出来っこないよ。


………イジワル。


「…ご飯、食べよ?」

私がそう言うと、カナちゃんは“適わねえ”って笑った。


約束だけは、守り続けるから。
だから、せめてあと3日は、カナちゃんを好きでいさせてね。






「んまい」

ニコッと笑うカナちゃん。

“んまい”
その言葉は、笑顔は、すごく嬉しい。

だけど、笑ってない。

あと、3日しか一緒にいられないから?
私と離れるの、少しは寂しいと思ってくれてるの?


なんて。

自惚れてみたかっただけ。
そんな事、有り得ないってわかってる。


だから、せめて想像の世界だけ、ね。


「……マコ。」

「ん?」


「約束、破ることになるかも知んないけど……これから、マコに少しずつ話をしていこうと思ってる。」


話……?


「ま、1日1つってとこかな。」

悲しそうに眉を八の字にするカナちゃん。

「なんの、話…?」

「まぁ、マコが聞きたいこと、かな。」


私が、聞きたいこと……?

そんなの、たくさんある。
3日分じゃ、足りないよ。

カナちゃんは、私が残りの日数を知ってること、知らないんだよね。


「今日は、そうだなぁ。午前中出掛けないといけないから午後にでも話そう。」






「え?カナちゃん、出かけるの?」

そんなの、聞いてない。


「あぁ、学校にね。今日は平日だし、ってか職員会議に出なきゃなんねーの」


あ、そっか。
カナちゃん、先生だったね。

だけど、しばらく休みをとったって…


職員会議は、強制参加なのかな?


「ん、そろそろ準備しなきゃ」

その一言にチラッと時計を確認すると、時刻は午前7時。


もう、そんな時間……。
カナちゃんといると、時間が過ぎるのがあっという間。