「じゃあ、今日は行かなきゃな」

どこか嬉しそうにするカナちゃん。
何か、変だ。

それに、“今日”って……?

ワケが分からなすぎて、私の頭の上は“?”がいっぱいだった。

「さ、食べ終わったら制服に着替えてね。あ、カバンと筆記用具もね。」

“じゃ”と言って立ち上がるカナちゃんは、いつの間にか朝ご飯を平らげていた。


「え?え?え?」
私はなんだか分からなかったけど、とりあえず制服に着替えることにした。


……………………………
………………
………

いつものように土日を過ごしているだけなのに、すごく久しぶりに制服を着る気がする。

制服に着替え終わり、カバンに筆記用具等を詰める。



本当、何なんだろう。
今から何があるんだろう。

なんか、緊張してきたんだけど。




「マコ、そろそろ行くよー?」

突然、扉の向こうからカナちゃんの声が聞こえた。

「え…うん」
私は立ち上がり、扉に手をかける。


「「…あ。」」


私が扉を押した途端、カナちゃんが扉を引いたので有り余ってしまった力が、カナちゃんへと押し寄せる。



……私は、カナちゃんの胸の中にすっぽり収まってしまった。


「……っ!!//」

初めて触れる、男の人の胸板。
耳が胸に当たっているから、カナちゃんの心音が聞こえる。


ど、動悸が………っ!!

「……わりぃ。」
そう言いながら、私の背中に手を回すカナちゃん。


は……!?
え!?なにごと!?

なんで、抱きしめ、られてるの……?


あぁ、カナちゃんの匂いがする。
暖かくて、優しいカナちゃんの腕の中。
ドク、ドク。
カナちゃんの心音。

心地よいリズムで刻む心音に比べて私は………超高速。


カナちゃんに、聞こえちゃいそうで怖い……。







「か、カナちゃん…//」

絶対、顔真っ赤だよ……!!
恥ずかしいから放して、カナちゃん。

心の訴えが聞こえたのか、カナちゃんはパッと手を離した。


「おっと、遅れちゃうな」
何事もなかったかのようにケロッとしているカナちゃん。

あれ?
今のは、幻……?


「さ、車に乗って」
「う、うん…」

何がなんだか分からないけど……
とりあえず今は、車に乗るか。



私はカナちゃんの後ろについて行き、2日ぶりのローファーを履く。


「はい、隣どーぞ。」
カナちゃんが車の扉を開けてくれる。
………やっぱり、助手席。


「ありがと。」
私はボソッとお礼を言って助手席に座る。



一体、どこに行くんだろうか。
ドキドキと緊張で胸が押し潰されそう。






カナちゃんが運転席に乗り込み、エンジンをかける。

カナちゃんが乗ると、この黒塗りで怪しい車もちょっとカッコよく見えたりして。


って、そんな事考えてる場合じゃない!!

「どこに行くの?」
私は単刀直入にカナちゃんに尋ねた。

「んー。内緒?」

ハンドルを握り、首を傾げるカナちゃん。

な、内緒って………
更に緊張するじゃん…っ!!

でも……
でも、何で教えてくれないんだろう。
緊張に負けないくらい、不安になった。


“内緒”
そう言われただけで、悔しかった。
悲しかった。
……カナちゃんとの距離を感じた。

カナちゃんは、そんなつもりで言ったんじゃないかもしれない。

ううん、言ってないのはわかってる。
わかってるのに、心が負けそう。


悔しさと悲しさと、虚しさで、胸がいっぱいになった。


私は唇を噛み締めて、ガマンした。
出てくるな、涙。


耐えろ、耐えろ自分。

笑え、辛い時こそ笑え。




――――ポス。


「え…――?」

突然、頭の上に置かれた手。
カナちゃんの、ちょっとだけ冷たい手。

「不安に、なった…?」
カナちゃんの少し掠れたハスキーな声。心配そうな声。

「……っ」
ダメ、今優しくされたら、ダメだよ。
涙が押し寄せる。

私は精一杯、涙をこぼすまいとしながら小さく頷いた。


困らせる、つもりなんてなかった。
頷くなんて、想定外の行動。

「…大丈夫。殺したりなんかしない。―……ごめん、だから、泣かないで?」


気づいたら、頬を涙が伝っていた。
私は必死に涙を拭う。


「こ、殺されるなんて、思ってない。……ただ、ちょっと不安になっただけなの。」
「……マコ。」


運転しながら、困ったような顔をするカナちゃん。

どうしよう。
困らせた。







「……学校。」

小さな声で、カナちゃんは呟いた。

―“学校”―――?


「が…こう…?」
私の通っていた、学校?
それとも、カナちゃんが働いてる学校?


カナちゃんの一言に頭の中がぐちゃぐちゃ。

でも、分かったこともある。
学校に行くから、制服なんだ。

って事はやっぱり、私の学校……


明日からまた、行かなきゃいけない学校。
でも、やっぱり行く理由が分からない。


少し憂鬱になりながらも、山道を車は下り続ける。



“学校”へ向かって―――……







「着いたよ。」
「あ…う、うん。」

車のドアを開けると、目の前には学校。
……知らない、学校。


「……ここ、どこ?」
私の通ってる学校じゃない。カナちゃんの学校?

「え?高校?」
サラッと答えるカナちゃん。

いやいや、高校なのは分かったけどさ…


「カナちゃんの職場…?」
「うん、まぁそんなトコかな?」


さっきから何?
カナちゃん、疑問文ばっかりじゃん。


どうして、ハッキリ教えてくれないのだろうか。

どうして、私をココに連れて来たの?




「さ、中に入るよ」
そう言って私の手を引くカナちゃん。

そんなカナちゃんに、ちょっとだけ胸が高鳴ったのは、秘密。


……聞かない。
そう約束したから。

私は待つ事しか出来ないけど、カナちゃんを信じてるから。



話して、くれないかな………






………
………………
…………………………

「はじめ。」

――カリカリカリカリ――

私、何やってるんだろう。
自分でもサッパリ分からない。

さっき着いたばかりのこの学校で、突然教室に入れられた私は何故か試験を受けている。


意味が、分からない。


目の前にいるのは良く分からないけど、40代半ばって感じの男の人とカナちゃん。

とりあえず、カナちゃんに言われた通り試験を受けているけど………


何の試験?
本当に良く分からない。

学力調査か何か?



そんな考えに答えてくれる人がいるワケでもなく。

時間だけが刻々と過ぎていく。



今は、今私に出来ることは……
この問題を解くことだけ。


私は必死で5教科分の問題を解いていったのだった。






「では、終了。」
40代半ばらしき男の人の一言に、“ふぅ”とため息。

やっと、終わった。
良く分からないまま受けた試験だったけど、さほど難しい問題はなかった。


カナちゃんを盗み見ると、満足そうな表情を浮かべていた。

「……?」

「では、篠原(ササハラ)さん。」
突然、というか久しぶりに苗字を呼ばれてドキッとした。


「今から面接を行いますね。」



ん……?
今、幻聴が聞こえたような………


め、面接………??

「マコ、行ってらっしゃい」
手をヒラヒラと振るカナちゃん。

「篠原マコさん?」
40代半ばらしき男の人に呼ばれ、驚いた。

篠原“マコ”………!?
私、篠原麻琴ですけど……

まさか、カナちゃんが?
信じて、くれてるのは嬉しいけど……

マジ……?
ってことは、私は篠原マコとして生活しなきゃいけないの?


頭、ぐちゃぐちゃ。