「なぁ、明日、どーする?」
突然、カナちゃんが箸を置いて話し出す。……だけど、何の話かサッパリだ。
「え、何が…?」
私の目が、点になる。
「何がって……」
呆れたように笑うカナちゃん。
いやいや、マジで分からないんだけど。
「……学校、行くよね?」
おずおずと尋ねるカナちゃん。
“学校、行くよね?”
私は一瞬躊躇った。
そっか、そうだよね……
私、学校に行かなきゃいけないんじゃん。
この家にいること、当たり前になってた。
たった2日間、ここで過ごして、それだけで、こんな毎日が続くと思ってしまった。
「……行くよ。」
やっと出た答えがこの一言。
本当は行きたくない。
ただ、座ってるだけの学校なんて。
何もなく、ただ過ぎていく毎日。
………学校は、怖い。
友だちなんていなくて、1人で……独りだった。
私にとって学校は、苦痛でしかない。
“行きたくない”
そう言ってカナちゃんに縋りたい。
だけど、それは出来ない。
“学校”は、“高校”は、お母さんの夢だから。
昔から病弱で、よく入退院を繰り返していたお母さんは高校にいけなかったらしい。
勉強だって、たくさんしたのにダメだった。
中学までとは違った楽しみを、待ち望んでいたお母さんに、楽しいスクールライフは待ってなくて。
そんなお母さんを支えたのが、幼なじみだった父さん。
お母さんは、父さんから学校の話を聞く度に胸を踊らしていたそう。
そして、父さんと結婚して……私を産んでくれて。
お母さんは“中卒で働く”と言う私にいつも話してくれた。
《高校は、母さんの夢なの。だから、まことには高校生活を楽しんで欲しいなぁ》
だから、たとえ楽しめなくても頑張るんだ。
お母さんとの、約束だから。
お母さんの、夢だから。
「じゃあ、今日は行かなきゃな」
どこか嬉しそうにするカナちゃん。
何か、変だ。
それに、“今日”って……?
ワケが分からなすぎて、私の頭の上は“?”がいっぱいだった。
「さ、食べ終わったら制服に着替えてね。あ、カバンと筆記用具もね。」
“じゃ”と言って立ち上がるカナちゃんは、いつの間にか朝ご飯を平らげていた。
「え?え?え?」
私はなんだか分からなかったけど、とりあえず制服に着替えることにした。
……………………………
………………
………
いつものように土日を過ごしているだけなのに、すごく久しぶりに制服を着る気がする。
制服に着替え終わり、カバンに筆記用具等を詰める。
本当、何なんだろう。
今から何があるんだろう。
なんか、緊張してきたんだけど。
「マコ、そろそろ行くよー?」
突然、扉の向こうからカナちゃんの声が聞こえた。
「え…うん」
私は立ち上がり、扉に手をかける。
「「…あ。」」
私が扉を押した途端、カナちゃんが扉を引いたので有り余ってしまった力が、カナちゃんへと押し寄せる。
……私は、カナちゃんの胸の中にすっぽり収まってしまった。
「……っ!!//」
初めて触れる、男の人の胸板。
耳が胸に当たっているから、カナちゃんの心音が聞こえる。
ど、動悸が………っ!!
「……わりぃ。」
そう言いながら、私の背中に手を回すカナちゃん。
は……!?
え!?なにごと!?
なんで、抱きしめ、られてるの……?
あぁ、カナちゃんの匂いがする。
暖かくて、優しいカナちゃんの腕の中。
ドク、ドク。
カナちゃんの心音。
心地よいリズムで刻む心音に比べて私は………超高速。
カナちゃんに、聞こえちゃいそうで怖い……。
「か、カナちゃん…//」
絶対、顔真っ赤だよ……!!
恥ずかしいから放して、カナちゃん。
心の訴えが聞こえたのか、カナちゃんはパッと手を離した。
「おっと、遅れちゃうな」
何事もなかったかのようにケロッとしているカナちゃん。
あれ?
今のは、幻……?
「さ、車に乗って」
「う、うん…」
何がなんだか分からないけど……
とりあえず今は、車に乗るか。
私はカナちゃんの後ろについて行き、2日ぶりのローファーを履く。
「はい、隣どーぞ。」
カナちゃんが車の扉を開けてくれる。
………やっぱり、助手席。
「ありがと。」
私はボソッとお礼を言って助手席に座る。
一体、どこに行くんだろうか。
ドキドキと緊張で胸が押し潰されそう。
カナちゃんが運転席に乗り込み、エンジンをかける。
カナちゃんが乗ると、この黒塗りで怪しい車もちょっとカッコよく見えたりして。
って、そんな事考えてる場合じゃない!!
「どこに行くの?」
私は単刀直入にカナちゃんに尋ねた。
「んー。内緒?」
ハンドルを握り、首を傾げるカナちゃん。
な、内緒って………
更に緊張するじゃん…っ!!
でも……
でも、何で教えてくれないんだろう。
緊張に負けないくらい、不安になった。
“内緒”
そう言われただけで、悔しかった。
悲しかった。
……カナちゃんとの距離を感じた。
カナちゃんは、そんなつもりで言ったんじゃないかもしれない。
ううん、言ってないのはわかってる。
わかってるのに、心が負けそう。
悔しさと悲しさと、虚しさで、胸がいっぱいになった。
私は唇を噛み締めて、ガマンした。
出てくるな、涙。
耐えろ、耐えろ自分。
笑え、辛い時こそ笑え。
――――ポス。
「え…――?」
突然、頭の上に置かれた手。
カナちゃんの、ちょっとだけ冷たい手。
「不安に、なった…?」
カナちゃんの少し掠れたハスキーな声。心配そうな声。
「……っ」
ダメ、今優しくされたら、ダメだよ。
涙が押し寄せる。
私は精一杯、涙をこぼすまいとしながら小さく頷いた。
困らせる、つもりなんてなかった。
頷くなんて、想定外の行動。
「…大丈夫。殺したりなんかしない。―……ごめん、だから、泣かないで?」
気づいたら、頬を涙が伝っていた。
私は必死に涙を拭う。
「こ、殺されるなんて、思ってない。……ただ、ちょっと不安になっただけなの。」
「……マコ。」
運転しながら、困ったような顔をするカナちゃん。
どうしよう。
困らせた。
「……学校。」
小さな声で、カナちゃんは呟いた。
―“学校”―――?
「が…こう…?」
私の通っていた、学校?
それとも、カナちゃんが働いてる学校?
カナちゃんの一言に頭の中がぐちゃぐちゃ。
でも、分かったこともある。
学校に行くから、制服なんだ。
って事はやっぱり、私の学校……
明日からまた、行かなきゃいけない学校。
でも、やっぱり行く理由が分からない。
少し憂鬱になりながらも、山道を車は下り続ける。
“学校”へ向かって―――……
「着いたよ。」
「あ…う、うん。」
車のドアを開けると、目の前には学校。
……知らない、学校。
「……ここ、どこ?」
私の通ってる学校じゃない。カナちゃんの学校?
「え?高校?」
サラッと答えるカナちゃん。
いやいや、高校なのは分かったけどさ…
「カナちゃんの職場…?」
「うん、まぁそんなトコかな?」
さっきから何?
カナちゃん、疑問文ばっかりじゃん。
どうして、ハッキリ教えてくれないのだろうか。
どうして、私をココに連れて来たの?
「さ、中に入るよ」
そう言って私の手を引くカナちゃん。
そんなカナちゃんに、ちょっとだけ胸が高鳴ったのは、秘密。
……聞かない。
そう約束したから。
私は待つ事しか出来ないけど、カナちゃんを信じてるから。
話して、くれないかな………