それから、あっと言う間に食べ終わりお風呂へと向かった。
お風呂では、私にしては遠慮がちに30分という短い時間で上がった。
お風呂から上がると、食器などは片付けられており、すぐにカナちゃんがやってくれたんだとわかった。
そんなカナちゃんはと言うと、慣れない作業に疲れたのかテーブルでうたた寝。
また、カナちゃんの寝顔。
案外、他人に気を許すタイプなのかな?
カナちゃんの向かい側に腰掛け、ひじをついて見つめる。
まつげ、長い。
鼻、筋が通ってて高い。
唇、薄くて綺麗できりっとしてる。
キメの細かくて、綺麗な肌は今までに肌荒れなんて経験したことのないようだ。
日に焼けて少し焦げたような茶色の髪、だけどそれは全然傷んでなくて。
見れば見るほど、カッコいい。
これは、神さま差別しすぎでしょ。
私みたいな一般人が無料で見れるような代物じゃない。
それくらい、カナちゃんは完璧。
しばらくすると、
「……マコは人の寝顔を見つめるのが趣味なワケ?」
パチリと目を開けたカナちゃん。
まただよ。
ドキッとするなぁ……
「そ、そういうカナちゃんこそ、寝たふりばっかりして…!!」
“ズルい”
そう続けようとした私をカナちゃんが制した。
「寝たふりなんか、してないし。起きたらいつもマコが俺を見てんだもん」
カナちゃんはイタズラっぽく笑う。
なんか、なんとも言えない。
って言うか、口答え出来ない。
ま、負けた……
「んじゃ、俺風呂入って来るわ」
「…ん。」
前を向いたままヒラヒラと手を振るカナちゃん。
パタン。
そのまま扉が閉まる。
さて、髪を乾かしたら寝ようかな。
って、またドライヤーの場所聞くの忘れてた………
はぁ。
と、落ち込んでいると足元に何かを見つけた。
「…ドライヤー…」
カナちゃん、置いててくれたんだ。
そんなカナちゃんの優しさに嬉しくなりながらも髪を乾かした。
暖かい風が私の頭にあたる。
髪の毛を乾かした後、ドライヤーを机の上に置き、部屋へと向かった。
「ふー……」
ベッドに腰掛け、大きく息を吐く。
今日も、色々あったなぁ。
まだ、カナちゃんの家に、この家に来て2日目だけど、何故か緊張とかしない。
それよりも、慣れたみたい。
私の住んでいたマンションよりも、居心地がいいし、落ち着く。
なんでだろう。
カナちゃんパワーかな?
分からない。
でも、まぁいっか。
私はこのまま時が来るまで楽しく過ごせばいいんだ。
……いつか、カナちゃんと離れ離れになるのはわかってる。
そんな気がしてならないから。
でも、それでも。
私はカナちゃんと一緒にいたい。
時間が許す限り、一緒にいたい。
どうか、少しでも長く、カナちゃんと一緒にいられますように。
そんなことを考えてるうちに、私は眠りについていた。
………………
…………
……
「はい、はい、わかりました。」
ん?
誰?誰の話し声?
誰かの話し声が聞こえて、私はうっすらと目をあける。
窓からは朝陽が差し込んでいた。
朝……か。
私は寝ぼけながら起き上がる。
すると、やっぱり話し声が聞こえた。
「はい、では………はぁ。」
どうやら、カナちゃんが電話をしていたようだ。
だけど、あまり良い話じゃなかったのかな?
カナちゃんがため息をつくなんて。
私はタイミングを見計らって、部屋の扉を開けた。
「…あ、マコ。おはよう。」
そこには、いつものカナちゃんがいた。
だけど、やっぱり何かあったみたい。
出会って3日の私にわかるくらい。
“おはよう”
そう言って笑うカナちゃんの笑顔は、いつものように“偽り”の笑顔。
そして私は、そんなカナちゃんの笑顔を見る度に胸が締め付けられる。
何だろう。
この感じは。
「マコ…?」
心配そうなカナちゃんの声が聞こえ、ハッと顔をあげた。
「な、なんでもない。朝ご飯、作るね」
私はカナちゃんに笑顔を残し、キッチンへと小走りで向かった。
「…おぅ。」
カナちゃんの戸惑ったような声が聞こえたけど、聞こえなかったことにした。
「おまちどおさま」
カナちゃんの座る席の前に、お味噌汁、目玉焼き、ご飯、サラダをおく。
ちょっと、力入れすぎた……
反省しながらも、絶句しているカナちゃんの向かい側に私の分を運ぶ。
「カナちゃん?」
カナちゃんがあまりに固まっているので、目の前で手のひらをブンブンと振る。
「カナちゃーん」
「わ、ビックリした。」
遅れて返ってきた返事。
「どうかした?嫌いな食べ物でもある?」
想像出来る限りのことを聞いてみたけど、どうやらそんな事じゃないらしい。
「いや?ただ、考え事してただけだよ。」
本当に?
本当の本当に、考え事?
なんだか、今日のカナちゃんは変だ。
………聞きたい。
だけど、聞いちゃいけないってわかってる。
……聞いたら、カナちゃんと一緒にいられなくなりそうで。
弱虫で、意気地なしで、何も出来ない私。
それでもカナちゃんと一緒にいたいって思う私は欲張りで……。
こんなにも、カナちゃんを必要として、縋る私は空しい人間。
何も話してくれないカナちゃんだけど、私にはスーパーヒーローで。
退屈な日々から私を救ってくれたから、偽りでも優しい笑顔を見せてくれるから、離したくない。
だから、ズルい私は知らないフリをする。
「冷めちゃうから、早く食べよ」
「あぁ」
そう言って、2人でご飯を食べ始める。
「なぁ、明日、どーする?」
突然、カナちゃんが箸を置いて話し出す。……だけど、何の話かサッパリだ。
「え、何が…?」
私の目が、点になる。
「何がって……」
呆れたように笑うカナちゃん。
いやいや、マジで分からないんだけど。
「……学校、行くよね?」
おずおずと尋ねるカナちゃん。
“学校、行くよね?”
私は一瞬躊躇った。
そっか、そうだよね……
私、学校に行かなきゃいけないんじゃん。
この家にいること、当たり前になってた。
たった2日間、ここで過ごして、それだけで、こんな毎日が続くと思ってしまった。
「……行くよ。」
やっと出た答えがこの一言。
本当は行きたくない。
ただ、座ってるだけの学校なんて。
何もなく、ただ過ぎていく毎日。
………学校は、怖い。
友だちなんていなくて、1人で……独りだった。
私にとって学校は、苦痛でしかない。
“行きたくない”
そう言ってカナちゃんに縋りたい。
だけど、それは出来ない。
“学校”は、“高校”は、お母さんの夢だから。
昔から病弱で、よく入退院を繰り返していたお母さんは高校にいけなかったらしい。
勉強だって、たくさんしたのにダメだった。
中学までとは違った楽しみを、待ち望んでいたお母さんに、楽しいスクールライフは待ってなくて。
そんなお母さんを支えたのが、幼なじみだった父さん。
お母さんは、父さんから学校の話を聞く度に胸を踊らしていたそう。
そして、父さんと結婚して……私を産んでくれて。
お母さんは“中卒で働く”と言う私にいつも話してくれた。
《高校は、母さんの夢なの。だから、まことには高校生活を楽しんで欲しいなぁ》
だから、たとえ楽しめなくても頑張るんだ。
お母さんとの、約束だから。
お母さんの、夢だから。