「着いたよ」

そう言ってカナちゃんが助手席の扉をあけてくれた。

「ここって………」
超、山奥。

まさかカナちゃんがそんなところに住んでるとは……


「お、マコも知ってる?ここらって人があんまり来ないからさ。住みやすいんだ」

そう言いながらカナちゃんが後部座席からキャリーバッグを取り出す。

「さ、おいで」
カナちゃんは片手は私のキャリーバッグを引きながら、片手は私の腕を掴んでいた。

目の前にあるのはログハウスのような立派な家。

一階建てみたいだけど、かなり大きい。


カナちゃん、一人暮らし?
それとも、家族がたくさんいたり?


気になって気になって、玄関で鍵を差し込もうとしているカナちゃんに尋ねた。

「カナちゃん、一人暮らし?」








「ん?もちろん一人暮らしだよ」

ニコニコなカナちゃん。
何考えてるのか分からない。

けど、いいや。
私も自分を隠してるんだ。

「さ、いらっしゃい」
ガチャンと玄関の扉をあけ、私を中へ促すカナちゃん。


「お邪魔、します……」

ゆっくりと中に入る。
中はとても木の温もりを感じる、暖かい感じだった。


「マコの部屋はここね」
「うん」

促されるままに部屋に入る。

「わぁ……」

中はとってもシンプルだけど、可愛かった。


ブルーで統一された部屋。
ベッド、ソファー、机、いす……必要なものはすべて揃っているようだった。


さらにはロフトまである始末。

なんだか私には勿体無い。
私のために用意してくれたって言うより、前に誰かが住んでいたみたい。


って言うか、男の人の部屋っぽい。

……気のせい?







「マコ、料理とかって出来る?」

突然、部屋に入ってくるカナちゃん。

料理かぁ……
だいたい、一人暮らしの時点で出来なきゃダメだよね。

「出来るよ、それなりにね」
って私が答えたら、

「助かった。これから料理……ってか、ご飯作って下さい。」

「う、うん。わかった。」

真剣な顔で頼まれると、嫌でも断れないんですけど……


……ってか、“これから”って言ったよね……?

“これから”って、いつまで?


何か、期間が決まってるの?
それとも死ぬまで?

ワケが分からない。
良く考えたらカナちゃん、私に何の説明もしてくれてないじゃん。

怪しすぎるでしょ。
こんな怪しい人にホイホイついて来た自分に拍手。


普通だったら警察呼ぶよね。
……まぁ、普通だったらだけど。


カナちゃんは、何が目的で私に“家においで”なんて言ったんだろう。





「カナちゃん……何で名前も知らなかった私なんかに“家においで”って言ったの…?」


「理由はね、たくさんあるんだよ……」

そう言って悲しそうに目を伏せるカナちゃん。

「…言えないの?」

本当は無理矢理にでも聞き出そうって思ってた。


だけど、カナちゃんのあんな顔見ちゃったら何も言えないよ……

カナちゃんが“言えない”って言うなら私は聞かない。


カナちゃんは、私を孤独の世界から助けてくれるみたいだから。


カナちゃんは、私なんかをちゃんと見てくれるから。


「……今は言えない。だけど、いつか必ず言う日が来る。」

私を見据えて答えるカナちゃん。

“いつか必ず言う日が来る”……?

どういう意味……?
さっぱり分からない。

………カナちゃんは、謎すぎるよ。


だけど、気になるけど……
カナちゃんにそんな顔されたら、聞けないよね。

「……分かった」

私は静かにカナちゃんに答えた。






「とりあえず、今日は風呂入って寝るか。」

「え…今何時…」
ぱっと携帯をポケットから出し、時間を確認する。

「もう…10時…?」

そんなに時間が経っていたとは。

と、突然カナちゃんが、
「マコ、先に風呂入ってきな」
って言って来た。

「……私、お風呂の場所知らない…」

当たり前のように“さぁ入って来い”的なこと言われても………


「あ、そっか。悪い悪い。風呂、コッチな。」

そう言って私の手を引くカナちゃん。


な、なんか……
ドキドキするんだけど。

「ここね」
そう言って1つの扉を指さす。

「…分かった。ありがと、着替えもってくるね」

「おぅ。ゆっくりいいぞ」

「うん。」

そう言ってペタペタと走り、“私の部屋”へ向かって、下着などを取った。







チャプン。

「ふぅ………」

湯船に浸かりながら今日の出来事を思い出す。


今日は、カナちゃんに出会った日。

アパートの前でびしょ濡れになりながら、私を“迎えに来た”人。

怪しすぎるのに、家にあげてコーヒーまで出して……


“家においで”って言われてすんなりついて来て。

怪しいのに、カナちゃんを信じてしまったのは綺麗な瞳をしていたから。

グリーンの瞳は、綺麗なのに悲しそうだった。


それから、カナちゃんの車に乗ってこんな山奥まで来て、見ず知らずのカナちゃんの家にノコノコ入って、挙げ句の果てにはお風呂まで………



本当、何やってんだか。

だけど、不思議と嫌じゃない。
カナちゃんは全然、怖くない。

カナちゃんは私に何もしない。
なぜだか分かる。

カナちゃんは、悪い人なんかじゃないって…………






ううん、むしろカナちゃんは良い人。

家族も居ない、友だちもいない私を。
暗い、孤独な世界の私を。

ちゃんと見てくれた。
私が“マコ”って言ったら信じてくれた。

私を、助けてくれた。
一人ぼっちの寂しい生活から、私を助けてくれた。


今日、初めて会ったばかりなのに、こんなにも安心出来るのは何でだろう。

こんなにも、信じてしまうのは何でだろう。


もう、どうなってもいいからかも知れない。

死ぬのだって、怖くない。
だから、こんなにも何も恐れずにいられるのかも知れない。


だったら、私は今を楽しむ。
カナちゃんにだったら、殺されたって構わない。

たった1日で、こんな感情が生まれるとは思わなかった。


カナちゃんは、何を考えてるんだろうね。





「……上がったよ」

リビングのソファーでテレビを見ているカナちゃんに声をかけた。

「お、予想より早かった。」
顔だけコチラを向けてニッと笑うカナちゃん。


その笑顔は、本物?
………それとも、ニセモノ?

多分、ニセモノ。
目が、笑ってないから。

カナちゃんは、きっとたくさんのものを背負ってる。

そんな、瞳をしてるから。


「髪、乾かしたらマコはもう寝て。おやすみ」
私の頭をポンポンとするカナちゃん。

「ん…おやすみ」
お風呂場に向かうカナちゃんの背中は、なんだか寂しそうだった。


「……ドライヤーの場所、知らないし。」
仕方ないので、カナちゃんがお風呂から上がるまで待つことにした。


ソファーに身体を預けて、先ほどまでカナちゃんが見ていたテレビに目を向ける。


それは、深夜の音楽番組だった。
この曲、好きだなぁ……

なんて考えてるうちに、睡魔が襲って来る。


「…ちょっとだけ…」
そう言って私は目を閉じた。






それから暫くすると、ガタンと言う音が聞こえた。

カナちゃん、上がったんだ。
……起きなきゃ。

そう思うのに身体が言うことを聞かない。
思ってたより、疲れてたのかな。

「髪、濡れたまんまじゃん。……って、ドライヤーの場所、言わなかったもんな。」
カナちゃんの声が聞こえる。
「…仕方ない…」

そう言っていなくなるカナちゃん。
嫌、行かないで…!!

1人に、しないで……!!

バッと起き上がる。
「カナちゃん……………」

「あれ、起きちゃった?」

そう言うカナちゃんの手にはドライヤー。

良かった。
いなくなっちゃうのかと思った。


何でだろう。
カナちゃんが居ないと、すごく心細かった。不安だった。


「マコ、おいで。乾かしてあげる」
そう言ってソファーに腰掛けたカナちゃんは足を開いた。


そこに座れと………?


何だか緊張しながらもカナちゃんの足の間に座る。


「よし、良い子。」
そう言って笑うカナちゃんは、やっぱり悲しそうだった。