それからアパートの駐車場に行くと、黒塗りの車が停まっていた。
「怪しすぎるんだけど」
カナちゃんに言うと、カナちゃんは“ははは”って笑った。
「俺が真っ赤なスポーツカーに乗ると思う?」
「思わない…ってか、似合わない。」
素っ気ない私の言葉。
そんな言葉にもカナちゃんは笑うんだ。
「だろ?」って。
後部座席に乗ろうとすると、カナちゃんが“ストップ”って言った。
「……?」
「マコは助手席。キャリーバッグが後部座席。」
そう言うと、カナちゃんは私のキャリーバッグを後部座席に積んで助手席の扉をあけた。
「……ありがと」
私はそう言ってから車に乗り込んだ。
本当、何やってんだか。
見ず知らずの男の車にホイホイ乗って。
「どこまで行くの……?」
気になって聞いてみたら、
「ん…?マコの学校より遠くだよ」
なんて答えた。
「私の学校、知ってるの?」
って聞いたら、
「制服でね。俺の母校の制服だし」
って笑った。
ってことは、カナちゃんも頭良いんだ。
自分で言うのも恥ずかしいけど、私の通う高校は進学校。
「カナちゃんって頭良いんだ」
「うん。……なんちゃって。どうなんだろ。分かんない」
運転しながらも、ちゃんと質問に答えてくれるカナちゃん。
めちゃめちゃ怪しいけど、愛情深いのかもね。
ふと、視界にタバコが写る。
「カナちゃん、タバコ吸うの……?」
「うん、かなり吸うよ。ヘビースモーカーってワケじゃないけどね」
そう言いながら器用にハンドルをきるカナちゃん。
運転、上手かも。
そんな風に思った。
「着いたよ」
そう言ってカナちゃんが助手席の扉をあけてくれた。
「ここって………」
超、山奥。
まさかカナちゃんがそんなところに住んでるとは……
「お、マコも知ってる?ここらって人があんまり来ないからさ。住みやすいんだ」
そう言いながらカナちゃんが後部座席からキャリーバッグを取り出す。
「さ、おいで」
カナちゃんは片手は私のキャリーバッグを引きながら、片手は私の腕を掴んでいた。
目の前にあるのはログハウスのような立派な家。
一階建てみたいだけど、かなり大きい。
カナちゃん、一人暮らし?
それとも、家族がたくさんいたり?
気になって気になって、玄関で鍵を差し込もうとしているカナちゃんに尋ねた。
「カナちゃん、一人暮らし?」
「ん?もちろん一人暮らしだよ」
ニコニコなカナちゃん。
何考えてるのか分からない。
けど、いいや。
私も自分を隠してるんだ。
「さ、いらっしゃい」
ガチャンと玄関の扉をあけ、私を中へ促すカナちゃん。
「お邪魔、します……」
ゆっくりと中に入る。
中はとても木の温もりを感じる、暖かい感じだった。
「マコの部屋はここね」
「うん」
促されるままに部屋に入る。
「わぁ……」
中はとってもシンプルだけど、可愛かった。
ブルーで統一された部屋。
ベッド、ソファー、机、いす……必要なものはすべて揃っているようだった。
さらにはロフトまである始末。
なんだか私には勿体無い。
私のために用意してくれたって言うより、前に誰かが住んでいたみたい。
って言うか、男の人の部屋っぽい。
……気のせい?
「マコ、料理とかって出来る?」
突然、部屋に入ってくるカナちゃん。
料理かぁ……
だいたい、一人暮らしの時点で出来なきゃダメだよね。
「出来るよ、それなりにね」
って私が答えたら、
「助かった。これから料理……ってか、ご飯作って下さい。」
「う、うん。わかった。」
真剣な顔で頼まれると、嫌でも断れないんですけど……
……ってか、“これから”って言ったよね……?
“これから”って、いつまで?
何か、期間が決まってるの?
それとも死ぬまで?
ワケが分からない。
良く考えたらカナちゃん、私に何の説明もしてくれてないじゃん。
怪しすぎるでしょ。
こんな怪しい人にホイホイついて来た自分に拍手。
普通だったら警察呼ぶよね。
……まぁ、普通だったらだけど。
カナちゃんは、何が目的で私に“家においで”なんて言ったんだろう。
「カナちゃん……何で名前も知らなかった私なんかに“家においで”って言ったの…?」
「理由はね、たくさんあるんだよ……」
そう言って悲しそうに目を伏せるカナちゃん。
「…言えないの?」
本当は無理矢理にでも聞き出そうって思ってた。
だけど、カナちゃんのあんな顔見ちゃったら何も言えないよ……
カナちゃんが“言えない”って言うなら私は聞かない。
カナちゃんは、私を孤独の世界から助けてくれるみたいだから。
カナちゃんは、私なんかをちゃんと見てくれるから。
「……今は言えない。だけど、いつか必ず言う日が来る。」
私を見据えて答えるカナちゃん。
“いつか必ず言う日が来る”……?
どういう意味……?
さっぱり分からない。
………カナちゃんは、謎すぎるよ。
だけど、気になるけど……
カナちゃんにそんな顔されたら、聞けないよね。
「……分かった」
私は静かにカナちゃんに答えた。
「とりあえず、今日は風呂入って寝るか。」
「え…今何時…」
ぱっと携帯をポケットから出し、時間を確認する。
「もう…10時…?」
そんなに時間が経っていたとは。
と、突然カナちゃんが、
「マコ、先に風呂入ってきな」
って言って来た。
「……私、お風呂の場所知らない…」
当たり前のように“さぁ入って来い”的なこと言われても………
「あ、そっか。悪い悪い。風呂、コッチな。」
そう言って私の手を引くカナちゃん。
な、なんか……
ドキドキするんだけど。
「ここね」
そう言って1つの扉を指さす。
「…分かった。ありがと、着替えもってくるね」
「おぅ。ゆっくりいいぞ」
「うん。」
そう言ってペタペタと走り、“私の部屋”へ向かって、下着などを取った。
チャプン。
「ふぅ………」
湯船に浸かりながら今日の出来事を思い出す。
今日は、カナちゃんに出会った日。
アパートの前でびしょ濡れになりながら、私を“迎えに来た”人。
怪しすぎるのに、家にあげてコーヒーまで出して……
“家においで”って言われてすんなりついて来て。
怪しいのに、カナちゃんを信じてしまったのは綺麗な瞳をしていたから。
グリーンの瞳は、綺麗なのに悲しそうだった。
それから、カナちゃんの車に乗ってこんな山奥まで来て、見ず知らずのカナちゃんの家にノコノコ入って、挙げ句の果てにはお風呂まで………
本当、何やってんだか。
だけど、不思議と嫌じゃない。
カナちゃんは全然、怖くない。
カナちゃんは私に何もしない。
なぜだか分かる。
カナちゃんは、悪い人なんかじゃないって…………
ううん、むしろカナちゃんは良い人。
家族も居ない、友だちもいない私を。
暗い、孤独な世界の私を。
ちゃんと見てくれた。
私が“マコ”って言ったら信じてくれた。
私を、助けてくれた。
一人ぼっちの寂しい生活から、私を助けてくれた。
今日、初めて会ったばかりなのに、こんなにも安心出来るのは何でだろう。
こんなにも、信じてしまうのは何でだろう。
もう、どうなってもいいからかも知れない。
死ぬのだって、怖くない。
だから、こんなにも何も恐れずにいられるのかも知れない。
だったら、私は今を楽しむ。
カナちゃんにだったら、殺されたって構わない。
たった1日で、こんな感情が生まれるとは思わなかった。
カナちゃんは、何を考えてるんだろうね。