「“信じる”って言われるとは思わなかったなぁ……ありがとう、マコ」
そう言いながら、どこか嬉しそうにするカナさん。
確かに、私はどうかしてるのかも知れない。
抵抗しておいて、カナさんの話も聞かずに“信じる”なんて変だ。
「…俺のことは好きに呼んで。みんなからは“カナちゃん”って呼ばれるけど」
そう言って笑みをこぼすカナさん。
“カナちゃん”……か。
なんで私はこんなに怪しい男を信じるのだろうか。
ああ、そうか。
この人の瞳があまりにも綺麗で、切ないからだ。
笑っているのに、目が“悲しい”って言ってるみたいだからだ。
私、どうにかしてあげたいって、思っちゃったんだ。
「私は、どうなるの……?」
私がカナちゃんに尋ねると、彼はクスリと笑った。
「大丈夫。殺したりなんかしないから」
そう言って立ち上がるカナちゃん。
「夜…迎えに来るから。…それまでに必要な荷物をまとめて待ってて」
カナちゃんはそれだけ言うと、私の頭をポンポンと優しく叩いて部屋を出て行った。
「……」
何、やってんだろ……
知らない男の人を部屋にあげて、コーヒーまで出して……
挙げ句の果てには、家に行くんだもん。
笑えちゃうよね。
でも、良かったのかもしれない。
このまま行く意味のない学校に通い続けるよりもずっとマシ。
誰一人いない部屋に毎日いるよりもずっとマシ。
もう、生きる意味なんて分からない。
だから、死んだって良い。
どうせ死ぬくらいなら、これくらい貴重な経験しとかないとね。
色んなことに吹っ切れた私は、カナちゃんを信じてついて行くことに決めた。
だってそっちの方が楽しそうだしね。
気がつくと時刻は午後6時。
私はコンビニで買って来たおにぎりを食べ、ジュースを飲んでから荷造りを始めた。
何が起こるか分からない不安と緊張感で胸がいっぱいだった。
こんなにもドキドキしたのはいつぶりだろう。
小学校の時の遠足以来かも知れない。
なんて考えながら、キャリーバッグに洋服や下着を詰めていく。
カナちゃん家に、住むってことなのかな……
でも、“必要な分だけ”って言ったよね……?
ってことは、ちょっとの間だけお泊まりするってことなのかな……
分からないことが多すぎて、頭がいっぱいいっぱいだった。
とりあえず、荷造りしなきゃ。
そう思い、再び荷造りを始めた。
、
そして、荷造りが終了したのか午後7時30分ごろ。
そこで時計を見て、ふと疑問に思った。
夜って一体何時なんだろう。
カナちゃんはワケが分からない。
ううん。
ワケが分からないカナちゃんについて行く私の方がワケ分からない。
「…服……」
気づいたことは、制服のままだったってこと。
「ま、いっかな……」
洋服、全部キャリーバッグに入れちゃったし。
それからカナちゃんが来るのをソワソワしながら待った。
何をソワソワしてるんだか……
と、何度も思ったけど、やっぱりソワソワしてしまう。
って言うかカナちゃんってどんな顔だったっけ。
瞳が綺麗なグリーンってことしか覚えてない。
あとは雨に濡れてたせいか、髪の毛であんまり顔が見えなかった。
……ま、そんな人について行くなんて自分も案外ビッグなのかも知れない。と、ワケの分からないことばかりを考えて過ごした。
テレビでも見ようかとリモコンを握った途端、
ピンポーン………
玄関のチャイムが鳴り響く。
私は久しぶりの来客……って言うか怪しいカナちゃんに胸を踊らせながら玄関に向かった。
ガチャン。
「……あれ。」
誰。この人。
目の前にいる人は黒のスーツを着こなしていて、髪の毛はワックスで後ろに流してあった。
カッコいい人だなぁ。
なんて感心しながらその人をジロジロと見る。
「……どちら様ですか」
私がその人に問いかけると、“ぷぷぷ”と笑われた。
は……?
「“カナちゃん”と申しますが…」
含み笑いをしながら答える彼。
“カナちゃん”………?
カナちゃんって、さっきの怪しいカナちゃんだよね……?
「迎えに来ました」
そう言って手を差し出す彼。
本当にカナちゃんなんだ。
よく見ると確かに綺麗なグリーンの瞳をしていた。
「カナちゃん……?」
私がもう1度尋ねると、
「うん。そだよ」
柔らかく笑うカナちゃん。
「さ、行こうか」
「……うん。」
これからどこへ行くのか、
どうなるのか、そんな事分からない。
だけど、1つだけ分かった事がある。
カナちゃんは“悪い人”じゃない。
カナちゃんは………
私を傷つけたりしない。
だって、あんなに柔らかく笑うんだもん。
笑顔があんなにも、暖かいんだもん。
それから私は部屋からキャリーバッグを引きずって来て、部屋中の電気を消した。
「本当に…信じてくれてんだね…」
少し照れたように言うカナちゃん。
「“信じる”って言ったら、信じるよ、私は。」
「ははっなんか懐かしいな、ソレ」
そう言って無邪気に笑うカナちゃん。
“懐かしい”ってなんだろう……?
ま、いっか。
それからアパートの駐車場に行くと、黒塗りの車が停まっていた。
「怪しすぎるんだけど」
カナちゃんに言うと、カナちゃんは“ははは”って笑った。
「俺が真っ赤なスポーツカーに乗ると思う?」
「思わない…ってか、似合わない。」
素っ気ない私の言葉。
そんな言葉にもカナちゃんは笑うんだ。
「だろ?」って。
後部座席に乗ろうとすると、カナちゃんが“ストップ”って言った。
「……?」
「マコは助手席。キャリーバッグが後部座席。」
そう言うと、カナちゃんは私のキャリーバッグを後部座席に積んで助手席の扉をあけた。
「……ありがと」
私はそう言ってから車に乗り込んだ。
本当、何やってんだか。
見ず知らずの男の車にホイホイ乗って。
「どこまで行くの……?」
気になって聞いてみたら、
「ん…?マコの学校より遠くだよ」
なんて答えた。
「私の学校、知ってるの?」
って聞いたら、
「制服でね。俺の母校の制服だし」
って笑った。
ってことは、カナちゃんも頭良いんだ。
自分で言うのも恥ずかしいけど、私の通う高校は進学校。
「カナちゃんって頭良いんだ」
「うん。……なんちゃって。どうなんだろ。分かんない」
運転しながらも、ちゃんと質問に答えてくれるカナちゃん。
めちゃめちゃ怪しいけど、愛情深いのかもね。
ふと、視界にタバコが写る。
「カナちゃん、タバコ吸うの……?」
「うん、かなり吸うよ。ヘビースモーカーってワケじゃないけどね」
そう言いながら器用にハンドルをきるカナちゃん。
運転、上手かも。
そんな風に思った。
「着いたよ」
そう言ってカナちゃんが助手席の扉をあけてくれた。
「ここって………」
超、山奥。
まさかカナちゃんがそんなところに住んでるとは……
「お、マコも知ってる?ここらって人があんまり来ないからさ。住みやすいんだ」
そう言いながらカナちゃんが後部座席からキャリーバッグを取り出す。
「さ、おいで」
カナちゃんは片手は私のキャリーバッグを引きながら、片手は私の腕を掴んでいた。
目の前にあるのはログハウスのような立派な家。
一階建てみたいだけど、かなり大きい。
カナちゃん、一人暮らし?
それとも、家族がたくさんいたり?
気になって気になって、玄関で鍵を差し込もうとしているカナちゃんに尋ねた。
「カナちゃん、一人暮らし?」