* * *
昼休みの終わりのチャイムが鳴り、私は屋上で比陰くんと別れて教室に戻った。
後ろのドアを開けた瞬間、すぐさま亜美が磁石に引きつけられた様に抱きついてきた。
危なく後ろに倒れるところした…。
「亜美、苦しいよ」
「今の休み時間、ずっと心配してたんだから!あたしも一緒に行けば良かったって後悔した。…ごめんね、一人にして…」
亜美の言葉にジーン、と感動し、心に染みながら一旦席について屋上で比陰くんに出会ったことを説明した。
比陰くんの名前を出した瞬間、亜美はまん丸く目を見開き口をだらしなく開ける。
「遠山比陰って、一年で有名な人じゃん」
「え?何で?」
「花のお兄ちゃんに続くイケメン現れた!とかなんかで」
亜美からお兄ちゃんの言葉が出てきた瞬間少し吹き出してしまったが、それよりも比陰くんが有名だったということにビックリ。
まぁ…、確かに凄く整った顔だったけど。
「そうなんだー…」
「花さー、隼人さんの妹だし、遠山比陰と一緒に居たなんて知れ渡ったら大半の女子を敵に回すよー」
口元をニヤニヤさせながら亜美が棒読みでそう言う。
…確かに。
お兄ちゃんの妹ってだけで女の先輩とかにレッテル貼られているのに、そんな有名な比陰くんと居たと知られたら…私、今後どうなるかわからない。
その未来を想像すると、背中がゾワッとし、身震いしてしまう。
「まぁ、いじめとかはないと思うけどね」
「本当ー…?」
「隼人さんの妹なんかをいじめたりなんかしたら、隼人さんを敵に回すようなものだからねー。でも、もし花がいじめられたらあたしが懲らしめてやるんだからー!」
理由を説明した後に亜美は拳を上にあげ、ヤル気満々の様子を見せた。
亜美は空手の有段者だから一際迫力がある…。
練習、と意気込みながら亜美はその場で空手を始めた。
あはは、と笑い、私は窓から見える晴れた空を見る。
…お兄ちゃん、お兄ちゃんは今なにしてるのかな。
もし、私と比陰くんが屋上で二人で過ごして居たっていう噂が広がったら、お兄ちゃんは何を思うのかな…。
ヤキモチ、妬いてくれる──?
「…なわけないよね」
「ん?何か言った?」
亜美が目をパチパチさせながら不思議そうに私に聞いた。
それに私は笑顔で首を振る。
何でもない、と──。
**──人のことを羨ましいって思ってはいけない。
けど…、私は周りを気にせずに一緒に居られるカップルが
羨ましいです────。
*thetext 手を繋いでいけたら。
「B組みんな居るかー」
太陽の陽射しが眩しく、立っているだけで額から汗が流れそう。
今、私が居るところは地元の小さな山の麓(ふもと)。
一年生、A〜H組までが一列に並び、出席を取っている。
今日は一年生の親睦会を兼ねて、小さな山を登るという行事の日。
私も含め、みんな山ガールや山ボーイの様な格好をして見慣れない風景にキョロキョロしてしまう。
「私、山登りなんてやだー」
出席番号が私の前の田原さんがこちらを振り向き、本当に嫌そうに眉を寄せながら私に言った。
「でも小さな山だし、斜面も全然緩やかだよ。普通の道歩いているみたいな感じ」
「本当?てか、富川さん詳しいねー!登ったことあるの?」
田原さんは軽そうなリュックサックを地面に置きながら私に聞く。
その質問に私の心臓が静かに跳ねる。
「うん…。昔ね」
私がそう言うと、田原さんは納得し、携帯をいじりはじめた。
────昔。
まだ私が小学三年生の時────。
登山が好きだったお父さんの提案で家族四人でこの山を登ることになった。
その山の斜面は緩やかで、子どもの私でさえキツイと感じなかったのを覚えている。
でも、やっぱり子どもの足。
数時間で疲れてしまった私は駄々をこね、帰りたいと何回も叫んで泣いた。
呆れ気味だったお父さんとお母さんが、『泣くんだったら置いていくからね』と、怒りながら私に言うの。
それで私はまた大泣き。
しゃっくりをしながら涙を流していると、私の右手が何か温かい何かに包まれたんだ。
「花、後少しだから頑張ろ。花の好きなおにぎり食べれるよ」
目を細め、私に安心を与える笑顔を見せながらそう言ったのは、──お兄ちゃんだった。
私よりも大きな手で私の手を包み、慰める様に優しく言うお兄ちゃん。
それだけで私は駄々をこねるのをやめて、涙を拭い、お兄ちゃんと手を繋いで山を登ったんだ。
あの笑顔とあの手の温もりは今でも忘れなれない…。
この山は私にとってお兄ちゃんとの大切な思い出の場所の一つなんだ──。
「花?どうしたの?みんな出発してるよ」
思い出に更けていると亜美がキョトンとしながら私の隣に居た。
「あ、ボーとしてた」
そう言って笑いながら歩き出す。
太陽が眩しく、帽子をかぶってきて本当によかったと、密かに思う。
前を歩いている女子二人が日焼けを気にして帽子をかぶって来ればよかった、と騒いでたから。
「今日は登山日和だねー」
「登山日和って!花、登山家みたいー」
私の言葉につぼった亜美が腹を抱えて笑いながらそう言った。
「バカにしてるでしょー。お父さんがよく言ってたからつい」
「まぁ、天気めっちゃいいしねー。…わっ」
亜美が上を向きながら歩いているのを見ていると、誰かが亜美の帽子を顔の方へ深くかぶせた。
よろめきながら慌てて帽子を直す亜美。
私はびっくりしながらも亜美の後ろに顔を向けた。
「ちゃんと足元見て歩けー。転ぶぞ」
そこには、F組の担任の安達(アダチ)先生が意地悪そうな表情をしながら立って居た。
まだ二十代半ばの安達先生は女子から絶大な人気を得ている。
少しチャラそうなイメージだが、人懐こくて歳の差を感じない先生だ。
「もう!先生がイタズラするから逆に転びそうになったし!」
亜美が頬を膨らませ、軽く先生を叩きながら言った。
「てか先生、F組なのに早いねー。ここB組だよ」
叩くのをやめた亜美がクスクスと楽しそうに笑いながら先生に言う。
確かに、と思いながら周りを見渡した。
周りにはC組や、遅れているA組の人達しかいない。
「ちょっと、クラスの奴と競争していてな」
二カッと無邪気な笑顔を見せ、私達にそう言う先生。
本当、歳の差を感じない先生だなぁ。
なんて先生の笑顔を見て思っていると遠くから先生の名前を呼ぶ叫び声が聞こえた。
「あだっち発見ー!」
「やべ!追いつかれちまった」
遠くから今時風男子二人が先生を指差しながら走ってくるのが見える。
その男子の一人が比陰くんだって気付くのに時間はかからなかった。
「あれ、富川じゃん」
比陰くんが私と目が合った瞬間、私の名前を言う。
言葉が出なかった私は小さくお辞儀で返事を返す。
「富川って富川隼人の妹さん?」
比陰くんの隣に居た男の人がワッした表情で私に問う。
突然のことでびっくりし、また言葉が出なく目をパチクリしてしまった。