秘密のキスをしたとしても。



* * *


ご飯も食べ終わり、ゆっくりお風呂に浸かっていたら二時間も経っており慌てて風呂から出る。


次、順番待ちしているお兄ちゃんの部屋まで、足も腕も髪も濡れたまま全力で走った



キャミソールにショーパン姿なんてお兄ちゃんに恥ずかしくて見られたくないけど、今はそんなこと考えていられない。


長風呂してしまったことをお兄ちゃんに謝らないと!


二階に上がり、お兄ちゃんの部屋のドアをおもいっきりノックする。


「お兄ちゃん、長風呂しちゃってごめんね…っ。今上がったよ」


息切れをしながら必死に言うと、ゆっくりドアが開いた。


私の姿を見て、目を丸くするお兄ちゃん。



    




「全然大丈夫……って、花、なんてゆー格好してるの。べちゃべちゃじゃん」


バスタオルで拭き取れなかった水が私の体を伝い、床に水滴を作る。


髪からも水が落ちて足元に水溜りができてしまっていた。


「あはは…。急いでたから…」


苦笑いをしながらそう言うと、お兄ちゃんは私の肩に掛けていたバスタオルをスルッと取った。


そしてそのまま私の頭の上へ被せてわしゃわしゃと掻き回し始める。


あまりに突然なことに、体が振られ、不可抗力でお兄ちゃんに倒れかかってしまった。


トクン、トクン、と心地よいリズムを刻んだお兄ちゃんの心音が私の耳から伝わる。


「わっ…」


「ちゃんと拭かないと風邪引くぞ」


まるで、子どもの面倒をみるかのような口調で私にそう呟くお兄ちゃん。


「…ごめんなさい」


「わかればよし」


お兄ちゃんの胸の温もりを感じながら私の中には嬉しい感情と苦しい感情が渦巻いていた──。


不可抗力とはいえ、お兄ちゃんとくっつくことが出来たなんて凄く幸せ。


でも、お兄ちゃんの行為は私を“子ども”“妹”としか思っていないからしてくれている──。


絶対にこの想いを伝えないって決めたけど──苦しいモノは苦しいよ──…。




    




私の濡れた髪を拭いた後、お兄ちゃんはおやすみ、と静かに呟いて一階へ降りて行った。


微かにその場に残るお兄ちゃんの匂い。


ペタン、と冷たい床に座り込む。


…何でかな。


何で私達は────


────兄妹なの?


こうやって私生活を一緒に過ごせるのは家族の特権。


お兄ちゃんのことが好きな人達にとっては羨ましい立場に居るかもしれない。


でも…、それは思った以上に苦しいこと。



「…はは。何で、かな…」



苦しくて、辛くて──、でも逃げ出せなくて。


好きなのにこんなに苦しいよ…、ねぇ、お兄ちゃん。




**──床に座り込みながら静かに冷たい涙を流したのを


あなたは知らないでしょ──。

拭っても拭っても溢れ出る涙のことなんて──。



    



 *thetext 自然と新しい蕾を見つけた君。




「あれ?花、食べないの?」


クリームパンを頬張りながら私が弁当に手を付けていないことに気づいた亜美が私に聞く。


「うん…。食欲なくて…」


はは、と苦笑いをし、手を付けていない弁当を片付けながら言う。


何かを勘付いたのか、亜美はクリームパンを机の上に置いて私の頭に手のひらを置いた。


「気晴らしするなら屋上がいいよ。空がぶわって目の前に広がっていて、風が気持ちよくて嫌なことなんて忘れるよ」


白い歯を見せ、笑いながら言う亜美。


そんな亜美を見て涙腺が一気に緩むのがわかった。


…亜美には何でもわかっちゃうんだね。


「亜美、ありがとう…」


そう静かに呟いて、私は教室を出た。


    


教室を出る前に亜美に持たされたジャムパンを片手に持ちながら私は屋上へ向かう。


ひと気の無い道を通り、最上階にある屋上のドアを開けた。


開けた瞬間、ふわっと暖かい風が私を包み込む。


入学してから初めて屋上に来た私からすると新感覚。


「凄い…」


フェンスまで歩み寄り、街の全体が見える景色に感動を覚える。


ふと下を見ると、中庭にカップル達が楽しそうにお弁当を食べていた。


「…いいなぁ」


もし、あのカップルが私とお兄ちゃんだったら、なんて心の中で思ってしまう。



    


いけない…。


昔お母さんに、人のことを羨ましがってはいけない、と言われたのを思い出し、頭を左右に振る。


…でも羨ましいものは羨ましいもん。


その場にしゃがみ込み、静かに風を感じながらお兄ちゃんのことを想う。


お兄ちゃんを好きで居るのは凄い辛いけど、辛いからってやめれる程簡単じゃない。


この気持ちは──…どこにやればいいの──?


頬に伝う涙を拭っていると、頭の上から低い声が聞こえた。


「俺の特等席取らないでくれる?」


「え…?」


    


あまりにも突然のことに、とぼけたような声を発してしまった。


キョトン、としながらゆっくり上を見上げると、背が高く、細身の男子が私を睨みながら立っている。


「え、え?」


何故睨まれているのかわからず、瞬きの回数が増える。


慌てて立ち上がり、逆光で見えなかった男子の顔を見た。


その顔は女子が噂をしそうなくらい整っており、髪型も今時風に丸くカットされて、センスの良さが滲み出ている。


「あの…」


「そこ、俺がいつも寝てるところなんだよね。避けてくれない?」


白く、長い指で私がしゃがみ込んでいる地面を指す男の人。


    


ごめんなさい、と焦りながらその場から避ける。


入り口からも見えない死角だからこの場所を選んだのかな…、この人。


なんて思いながらポカンとしていると、逆に男の人が目を丸く見開いた。


「なんで…泣いてんの?」


「え?あ…」


無意識に両目からポロポロと涙が溢れ出ていた。


それを見て男の人はビックリしたのだろう。…自分もビックリしたけど。


「いや、目にゴミ…」


なんて苦しい言い訳をしながら目を擦る。


「まぁ、別に触れないけど」


男の人は興味無さそうに言い放ち、地面に寝っ転がって目を瞑った。


…なんだろ、この人。


猫みたい、なんて思いながら男の人の眺め、立ちすくしているとぱちっと目を開く男の人。


    







すると男の人は寝転びながら深いため息をつき、


「パンツ、見えてるけど」


と、眉を寄せて、男の人の真上に居る私の顔を見ながら不機嫌そうに言った。


一瞬フリーズしてしまったが、男の人の言葉を理解し慌ててその場から離れる。


「…っ」


りんごの様に一気に顔が赤くなる私を見て、男の人は体だけを起こして腹を抱えて笑った。


「あんた、面白いな」


パンツを真下から見られた事と、私の赤面した顔を見て笑われた事が恥ずかしく、おもいっきり睨む。


そしてジッと睨んでいたら何か思い出しそうになる。


あれ…?この人…、どこかで見た事ある…?