何時の間にか背後にいた滝さんが、ぽんと私の肩を叩いて瞳を細めた。なんとかミスタッチ無しに弾き終わることが出来たけど、問題は選曲だ。
滝さんの編曲したバージョンのそれを弾いて、ガッカリされていたらどうしようか。
冷や汗のようなものが額をじわじわと濡らすものだから、心地悪くて堪らない。
滝さんは、数秒の間を置いて長くて綺麗な指を鍵盤にそっと添える。
「ピアノ初めたのはいつ?」
「…5歳から、高卒までです。」
「13年か、…優ちゃんっていくつ?」
「今年で21になります。」
「じゃあ、ブランクが3年。その間は弥生さんの店で毎日2曲ほど弾くだけ、か…。」
そこで滝さんは少し考える仕草を見せ、口角をゆるく引き上げた。
「俺の、助手をしてみる気ない?」
「………え?」
そう言い、こてんと首を傾げて見せた滝さんの言葉を直ぐに理解できない容量の悪い私。