「あ、こんにちは」
 振り向くとソーリが頭を下げていた。ソーリも屋上に来たのか、転校早々に屋上に来るとは、何かある。
「D組の人ですよね?」
 低姿勢で僕に尋ねた。僕は「ああ」と、ぶっきらぼうに答えた。
 僕はソーリに少し興味があった。表面上の振るまいではない。目の奥にあるどこか冷たい感情。心の中に住む闇をソーリから感じていたのだ。
「お前もサボり?」
「ええ、まあ」
 ソーリと初めて話した。

 ソーリはひどく成績が悪かった。勉学に意味を見出せないのだそうだ。
「アバンドン」
「『見捨てる』」
「ディスクライブ」
「……ああ忘れた」
「『描写する』だよ」
「もっと早くから勉強したらよかったなあ」
 英単語を二千覚えれば長文なんて恐くない、そんな担任の言葉を信じて必死に覚え続ける毎日。周りがすべてを受験勉強に注ぎ込むなか、ソーリは一人何もしない。一応僕に付き合って図書館に来ているものの、手持ち無沙汰をあらわにしていた。
「そういうのはただの知識でしかないから」
 ソーリは勉強しない理由をいつもそう答えた。確かに今やっている作業は知識の暗記にすぎない。理解することがベストなのだろうが、受験で周りが見えなくなっている受験生にはそんな余裕はない。
 それでもソーリは大学進学を希望していた。進学理由はモラトリアムがほしいから。横文字に弱い僕は何を言っているのかは分からなかった。
  
 現代社会 偏差値五十九 宮本純一郎 

 ソーリは一番だった。職員室前に模擬試験の結果が貼りだされたとき、注目はこの一点に集まった。現代社会といえば高校一年のときに勉強したきり、ご無沙汰なので、ほとんどの生徒はほとんど選択しない。選択した学生は五人程度しかいないこともあるが、学年でトップになったことは軽い衝撃だった。
「カンニングと違うか?」
 そんなことを言いだす奴もいたが、他の教科は下から三番目以内にランクインしていたし、模擬試験でカンニングしても何もならない。