「宮本純一郎といいます。よろしくお願いします」
 ソーリはそう言って頭を深く下げた。小さすぎる学生服はピチピチに張っていた。おそらく中学時代から同じものを着ているのだろう。よく見れば少しほころびがある。
 四月、ソーリは転校してきた。
「前の高校ではなんて呼ばれてたの」
 まだ若い担任は楽しそうに質問をする。
「純ちゃんなんて呼ばれてましたけど」
「小泉総理みたいね」
 担任は笑いながら言った。純一郎という自民党総裁の名前を持つ彼はたちまちクラス中から″総理〝と呼ばれた。
 ソーリは誰に対しても腰が低かった。丁寧に話しかけるのは結構なことだが、口癖は「すいません」だった。謝罪してばかりの〝総理″はいつの間に‘ソーリ“となった。(別に音に変化はないが)
ソーリはひどく成績が悪かった。特に頭が悪いという印象はないのだが、とにかく成績は悪かった。数学の模試を受けたときソーリは二百点中四点しか取れなかった。
「ソーリ、二時間何やっててん」
 隣の席から野次がとぶ。
「すいません」
 にこにこ笑いながらソーリは答えていた。
ソーリは〝ソーリ〝という親しみやすいニックネームでクラスに打ち解けたように見えたが、それは表面的なものに過ぎなかった。ソーリは軽い笑顔で本音を隠していた。

 新学期直後、「体調が悪い」そう言って授業を抜け出した。別に悪くはない。あの空間に存在することが耐えられなかった。屋上で大文字になり、天を仰ぐ。空には真っ白な雲が真っ青な空に浮かんでいる。爽やかな晴天をずっと見つめていたい。このまま空の一部になれないだろうか。
父は何をしているのか。仕事帰りに入院しているアルの様子を見にいき、誰もいない家に帰る。一人で食事をし、風呂を沸かし、寝る。また同じことを明日も繰り返す。そんな毎日が続くとしたら何と虚しい人生だろう。僕は父のように生きたくはない。父に対し、哀れみと軽蔑の感情が芽生えた。
起き上がってグラウンドに視線を移す。八木が怒鳴っている。そういえば昨日はジャイアンツが負けていた。八木も今の生活に不満を抱えているのだろうか。ただ僕らに怒りをぶつけて発散するのはやめてほしい。