ケンカ+理解×大好き=友情


前に、高校卒業した部活の先輩にドライブに連れていってもらって以来、ひそかに憧れてたんだよね。自分で車の運転するの。

いつか、夜の街道を、一人で思う存分飛ばしまくりたい。


まだ風の冷たい4月上旬。

桜が散りそうになっている頃、運転に憧れる私と恋愛対象になる男を探す目的のミサキは、車校の門をくぐった。

私は一人でも行動できる方だけど、ミサキにとって単独行動は心細いことこの上ないらしい。

結局全ての時間割を合わせて、私たちは教習を受けた。


そこで知り合ったのが、あっちゃんことアマネ。


車校に来ていたのは音羽大の学生が大半で、相変わらずプライドの塊みたいなヤツが多かったけど、あっちゃんは違った。

私たちが初めてあっちゃんと話したのは、高速道路での授業を受けた日。

仮免を取ってから初めて一般道路で運転の練習(路上教習)をさせてもらえるようになるんだけど、いい感じに運転慣れした私にとって高速道路を走行することはまさに夢の境地。

やっと高速行けるんだ! とテンション高めな私とは逆に、あっちゃんとミサキは「高速なんて絶対ムリ! こわいし!」と、青ざめていた。


「ミサキ、こわいよ……。私、高速道路の教習受けたくない……」

「大丈夫だよ、助手席にはベテランの先生がいてくれるんだから。

これ受けないと、免許取れないよ?」

高速道路での教習前。

休憩室で涙目になっているミサキを励ましていると、私たちのそばのベンチに座っていたあっちゃんが声をかけてきたんだ。

「高速なんて、やる意味ないっすよね」

あっちゃんはなぜか、初対面の時敬語だった。


その会話をきっかけに、私たちはあっちゃんと親しくなって、車校を卒業する頃にはケータイの番号を交換するような関係になれた。

あっちゃんは経済学部だから私たちと同じ講義になることは少ないけど、自由時間には自然と一緒に行動するようになっていた。


あっちゃんはゆるく天然パーマがかかっていて、オシャレな服装。

男性として背は低い方だったけど、私やミサキよりは高い。

高校生っぽさがまだ抜けきっていないベビーフェイス。

あっちゃんにそう言ったら、「なっちゃんとみいちゃんも童顔じゃん!」って笑われたっけ。


サークルも、私たち三人で同じところに入った。

ワンダーフォーゲル部。通称ワンゲル。

長期休みを利用して山登りをする活動をしているらしい。

それ以外では、普通に遊んだりバスケしたり飲み会を開いたりなど、お遊び系サークルの過ごし方と何ら変わりない。


あっちゃんは入学前からワンゲルに入ると決めていたらしく、私たちは真似するようにあっちゃんと同じサークルに入った。

どちらかというと文科系より運動系サークルに入りたいと思ってた私は、今年の夏休みにワンゲルで富士山に登るのが楽しみなんだけど、ミサキは早くもそれをズル休みしようと算段している。

「もっと自分に合うサークルに入った方が良かったんじゃない?

嫌々参加するなんてつらいだけだよ」

諭(さと)すようにそう言う私に、ミサキは甘えるような声で言った。

「やだぁ。ナルミがいないサークルなんてつまんない。

山登りは苦手だけど、がんばるよ」

「ほんと、なっちゃんとみいちゃんは仲良いね」

あっちゃんはそうやって私たちの仲の良さに感心している。


この時までは、私たちのこんな気楽な友達関係はいつまでも続くと思ってたんだ……。



夏休みが始まってもう2週間。

私とミサキがあっちゃんと知り合って3ヶ月。


ダルいテストを何とか終えて心置きなく夏休みを迎えることができた私達3人は、時間が合えば毎日のように一緒に遊んでいた。

週に2~3回はあるワンゲル部の集まりも必ず3人で行くし、

私自ら、おばあちゃんに買ってもらった車を運転し、遠くの海水浴場に出かけたりもした。


知り合ってある程度経つと友達の交友関係がだいたい見えてくるけど、あっちゃんは私たち以外の音羽大の学生と関わっている気配がない。

唯一関わっていると言えば、同じ経済学部の女子とだけ。

あっちゃんが『ユナ』と呼んでるその子にはマナツという名の彼氏がいるんだけど、ユナちゃんは何かあるたびにあっちゃんに電話をしてくる。

私たちと遊んでいる時も、ユナちゃんから電話があるとあっちゃんはソワソワする。

「ユナから電話だ……。でも今はなっちゃんとみいちゃんがいるし出ない」

「気にしないで出たら?」

私は別にいいんじゃない?って感じでその様子を見てたけど、ミサキはユナちゃんに厳しい目を向けていた。


ユナちゃんからの電話を終えるとあっちゃんは、幸せで寂しそうな、複雑な顔をする。

せっかく遠出して大型海水プールにまで来ているというのに。

あっちゃんがそんな顔をしてると、私も元気がなくなるよ……。


大人や子供。周りの人たちの楽しげな声から、私たちの居場所だけ切り取られた気がする。


あっちゃんがユナちゃんに片想いをしていることを、私はもちろんミサキも知っていたけど、ミサキはそんなの知ったことかという様に顔をしかめ、あっちゃんに言った。

「あっちゃんさ、男友達いないの?

ていうかさ、ユナって女、彼氏いるくせにあっちゃんにばかり頼りすぎじゃない?」

「……ああ。なんつーか、男は好きじゃねーんだわ。

ユナはいつものことだし、もう慣れた」

あっちゃんは曖昧な笑顔を浮かべる。

ミサキはミサキで、あっちゃんのことを心配してるんだ。

「彼氏持ちの女に深入りするなんてあっちゃん馬鹿だよ。痛い目見るだけじゃん。

ボランティアなみにお人よしすぎる」

「よく言われる」

ミサキの辛口にもめげず、あっちゃんはへへへと笑っている。


ミサキは諦めたようにため息をつき、あっちゃんが同性の友達を作らない理由を尋ねた。

「あっちゃんって、男なのに男嫌いなの?」

「ミサキ、もういいじゃん」

あっちゃんの瞳に暗い影がさした気がした私はミサキを止めようとしたが、ミサキの質問攻撃はやまない。

「ま、私たちもあっちゃん以外の友達なんて大学にはいないから、人のこと言えないんだけどねー。

あっちゃんって友達多くても不思議じゃないからさ、何でかなーって」

あっちゃんはミサキの言葉に照れ笑いを浮かべ、遠くの空を見て言った。

「高校の時は友達いたよ。女の子ばっかだったけど。

女の子には安心できるっていうか、本当の自分を出しやすいんだけど、男に対してはそうできなくて。


……ウチの父さん、昔から借金ばかり作って母さんに苦労かけまくってんだ。

つらいの我慢して頑張ってる母さん見てたら、だんだん父さんに腹が立ってきて……。今は大嫌い」

あっちゃんちの親……特に母側の親戚はあっちゃんのお母さんに離婚を勧めてるらしいけど、いまだに二人が別れる気配はないらしい。

あっちゃんは妹と共にそんな両親を見て育つうちに、男性に対する不信感と苦手意識が芽生えたそうだ。


こうしている間にも、私たちの体を焼くように照らす太陽の光は、プールの水面に当たってキラキラ輝いている。

それは、人の泳ぎや飛び込み行為で、はねたり揺れたり、様々な表情に変わった。


蒼すぎる空は、あっちゃんの話を聞いて切なくなった私とミサキの心を穏やかに明るくしてくれるよう。

それはあっちゃんも同じなのかな。


浮輪の取り合いをしている小学生男子2人を見て、あっちゃんは言った。

「大学来る前まではこんな自分にコンプレックスがあったっつーか……。男とも仲良くしといた方がいいのかなって悩んだりもしたけど。

いまは、別にどうでも良くなった!

なっちゃんとみいちゃんがいるからね。

2人と同じ学部に編入しちゃいたいくらい、この大学来て良かったって思ってる」

「……うん! 私も、あっちゃんと友達になれて良かったよ!

男とか女とか、関係ないもん!」

私はあっちゃんの左手を右手でつかんで言った。

異性を感じさせないこのぬくもりに、幸せを感じる。

ミサキも「あっ、ナルミだけズルイ! 私もやる!」と、あっちゃんの右手を力一杯にぎった。


私たちの気持ちは単純で、ささいなことで喜んだり怒ったり、落ち込んだり励まされたりする。

季節がかもしだす雰囲気に影響されて、しんみりしたり浮かれたりもして。


夏って楽しい気分になるし、冬にはおっくうに感じることも「やってやろうじゃん!」って思うし、多少イヤなことがあっても、カラッと笑い飛ばせる。

だからこそ、私たちも楽しい夏休みを満喫できるもんだとばかり思ってた。


あっちゃんが私とミサキのことを大事な友達って口に出してくれたことが嬉しくて、実はけっこう感動したんだ。

「いまなら何でもやってあげる!」って、見知らぬ人を助けちゃいたくなるくらいにさ。

それはミサキも同じなんだと、私は勝手に思い込んでた……。


「あっちゃんのこと、みそこなった!

もう、あんな人友達じゃない!」

「えっ!? ミサキっ……!?」

……プールであっちゃんの心の内を聞いてから二週間後。


ミサキはあっちゃんに絶交宣言したその足で、私の家に訪ねてきた。


怒り心頭のミサキをとりあえず2階の自室に通すと、お母さんのいないダイニングで適当なお菓子と冷えた麦茶を用意し、ミサキのいる部屋に戻る。


あまり物を置かないようにしている私の部屋には早くもクーラーの冷たい風が行き渡っている。

ミサキは難しい顔をして、丸テーブルの前に置いてある白いソファーに座っていた。

このソファー、実は最近新しく買ったばかり。

前はぺしゃんこになった座布団を敷いていた。フローリングなのに。

大学に入ってからも、小学~高校の時の友達がこの部屋に訪ねてくることがたびたびある。

うまく相談になんて乗れないのに、みんなは私に深刻な相談事を持ち掛けてくる。

そんなみんなに気の効いたアドバイスが出来ない代わり(?)に、少しでもくつろいでもらえればと、ネットで調べまくって値の張る物を奮発してみたんだ。


緩むことのないミサキの表情筋を見るともなしに見ながら、持ってきた麦茶たちをテーブルの上に広げ回想していると、

「あっちゃんは最低だよ!

ナルミも、もう関わるのやめよう?」

ミサキはまくし立てるようにそう言った。