「そうだろうね」


何も言わなくてもいいのに。
こっちは聞かなくても分かるんだから。
それでも、匠は続ける。


「客に会うの、なんだかすげえ嫌になって…」

「うん」

「だって、俺じゃなくたって別にいいんだ。あいつは…あいつらは…」

「うん」

「俺なんて誰かの代替品でしかなくて、俺の代替品は他にもいて」

「うん」

「俺なんて…」


次第に俯いていく匠を、私は立ったままぎゅっと抱きしめる。
私より背丈があっても、細い身体は私の中に殆どすっぽり納まった。
昨日の香水の残り香がする。シャネルの、なんとかっていう香水。
私よりひとつ年上で、だけど私よりもずっと弱い男。
高校生の時に見た匠の面影は、もうどこにもない。
生徒会長だった匠は、事あるごとにステージの壇上で雄々しくその声を上げていた。