「お客様の気に入る色を作るんだ…当然だ…」
「面白いね…」
「面白いか?俺が考えたんだ…」
「トーマの企画か…」
「きっかけはお前だ…」
「私??私も何も…」
「カラーセラピーって知ってるか?色彩の持つ心理的効果を利用して行う精神療法だ。ほら、お前もこのカタログを見て、自分の唇につけたい色を考えろ」
「え、あ…」
戸惑いながらも、美古はカタログの色を見て、スキな色を選び始めた。
「お前はやっぱり赤系か・・・ピンク系とかどうだ?可愛くないか??」
二人でソファーに座り、肩を寄せ合い、口紅の色を考えた。
「こうして、ずっと、二人でも俺はいいぞ。子供は授かり物。今のお前は自分を追い詰め過ぎてる…まだ、見ぬ子供よりも、俺は美古の方が大切だ…」
「トーマ!?」
俺は美古の肩を抱いた。美古にしては素直に俺の肩に頬を寄せる。
「でも、ローズ系もいい…」
「おいおい!?お前はどれだけ作る気だ?」
「考えろと言ったのはトーマの方でしょ?」
「・・・作る側のコトも考えて、選んでくれ」
「!?」
「こっちの話だ…」
「トーマは私の唇にはどの色が似合うと思う?」
「俺は…ピンク系だ・・・」
「ピンク系の口紅…服はメイド服?」
「え、いや・・・俺がメイド服には弱いって知ってて…お前、言ってるだろ?」
「…別に」
「いや、ワザとだろ?」
「ワザとじゃないって…」
二人でふざけ合っていたら、カタログはラグの上に落ちてしまった。
「美古が選ぶと時間がかかるし…俺がお前に似合う色を選ぶ…」
俺は美古をソファーに上に倒した。
「久しぶりにお前の笑顔が見れた。カラーセラピーの効果か?」
「トーマのおかげだよ…」
互いに微笑み、そのまま、唇を重ねた。
結婚して二度目のクリスマス。
去年は腕時計、今年はネクタイピン&カフスボタンのセットにした。
いつでも、使用できるプレゼントを贈るのが私のポリシー。
トーマらしく事前に店もホテルもリザーブしていた。
今年も三ッ星のフランス料理店。
クリスマスカラーのキャンドルライトがテーブルの真ん中に温かい光を点す。
周囲を見ても、ほとんどカップル。
「どうした?」
「別に…」
「お前も少しは場を考えて、服装をコーディネイトするようになったんだな」
「・・・」
年に一回のクリスマスの日に、そんな皮肉げな口調を吐くなんて、喧嘩売ってるの?トーマは…
「お前はこの1年で…大人になったよ…いい女になった」
次は褒めてきた…一体、どう言うつもりなのか?意味不明。
でも、褒められて悪い気はしない。
私にとっても忘れられない1年になった。
シュワシュワと気泡が浮かぶ黄金色の液体のスパークリングワインの入ったグラスを互いに、近づける。
重なったグラスは優しい鐘の音のような、音を響かせた。
「はい、これ」
私はトーマにプレゼントを渡した。
「サンキュー…これが俺からのクリスマスプレゼントだ…」
「!?」
キャンディの包みのように両端を紅いリボンで結んだ金色の小さなプレゼント。
「何これ?」
「開けてみろ」
「クリスマスシーズンだけに売られてるチョコ菓子の『パピヨット』みたい」
「中身はチョコじゃない、ともかく開けろ」
私はトーマに急かされて、包のリボンを解く。
中身は可愛い♥柄の口紅?
私は手にとって、口紅の色を見た。
光沢のあるピンク系とバイオレット系の中間色。
「・・・俺がお前に似合うと思って作ったオーダーメイド・ルージュだ」
「見れば分かる…今までに見たコトない色だから…」
「口紅の色を考えるのって思った以上に…苦労した」
「口紅の名前は??」
「名前?…『SWEET・HONEY』だ」
「ハニー?ハニーって私のコト??」
「声が大きいぞ、美古お前…別にお前のコトじゃない。商品の名前だ…」
「私を思って考えたんでしょ?」
テレるトーマをからかって、弄ぶ私。
「俺じゃない…商品名はライターが考えたんだ」
「!?」
包の中に小さなメッセージカード。
「何て書いてるの?」
「フランス語で、『ジュテーム』だ」
「『ジュテーム』って意味は?」
「…本当に知らないのか?美古」
「フランス語って全然、わからない…って言うか…日本人なんだし、日本語で書いてよ…トーマ」
「俺のシナリオ通りには動かないなぁーお前は…」
「私…小悪魔だから」
トーマは呆れたように、自分でグラスにスパークリングワインを注ぎ、飲み干した。
『ジュテーム』くらい知ってるよ。本当は…
* * *
ギリギリまで仕事していたトーマは眠そうに大きな欠伸。
行き先は香港。
近場だけど。
トーマと行けるならどこでもいい。
私たちの座席はファーストクラス。
座面は低反発素材を使用。快適なレッグレスト、フットレスを装備。
上質な本革を繊細に縫製したシート。
トーマは完全にプライベートソファーのように深い眠りに。
私との旅行の為に、無理に仕事をしたのが祟ったみたい。
トーマのくれた口紅をポーチから取り出し、ブラシで塗り直し。
世界に一つだけの色。
そして、ふたりだけの想い出作りにと、旅行に旅立つ。
「立会いすれば、よかったのに…」
「・・・立ち会いは…嫌だって美古が言うから…」
俺は栗原と分娩室近くの待合で生まれるのを待っていた。
「まぁ~3年で…終えて良かったですね。社長。性別も男の子みたいだし…女の子だったら、次は男の子だと副社長にうるさく言われる可能性大でしたから」
「いや、まだ、生まれてこの目で見ないと性別なんて分からんだろ?」
「・・・」
俺は檻の中の猛獣がうろうろとあてもなくうろつくように、歩き回り、生まれるのを今か今かと待っていた。
「社長…落ち着いて…」
既に3人の子持ちで4人目が生まれる栗原は落ち着いていた。