『星凛堂』の冬の新商品のキャンペーンモデルは香港の人気女優・ファン・アンを起用。
話題を呼んでいた。
モデル業を休業して5ヵ月…
入れ替わりの激しい芸能界。私も過去の人になりつつあった。
不妊治療で始めたホルモン注射の副作用か…身体が妙にほてるし、食欲も旺盛になり、最近、太り始めた。
「…凄い、全部、食べちゃったの?美古ちゃん」
「え、あ…」
杏里ちゃんと私は昼ドラを観ていた。
テーブルに置かれたどら焼きを全部、私が食べてしまった。
甘い物に対しては特に、食欲を抑えられない。
意志の弱い自分が情けない。
「あ、動いた…」
杏里ちゃんはお腹の中の赤ちゃんの動きを感じ、穏やかな微笑を口許に浮かべた。
杏里ちゃんはもう妊娠7ヵ月目。
細いのにお腹だけ出ていた。
私の憧れる妊婦さん。
簡単に妊娠できちゃう杏里ちゃんが本当に…羨ましかった。
身体の調子も崩しがちで、トーマが帰宅する前に私は就寝してしまうコトが多くなった。
仄暗い部屋に差し込む隣の部屋の明かり。
トーマが静かに部屋に入って来た。
ベットの中だけど、今夜は身体を起こして、出迎えた。
「起きてたのか?美古」
「うん。お帰り…」
「ただいま」
私に気を遣い、仄暗いまま、ネクタイを緩めるトーマ。
私がサイドテーブルに置いていた照明のリモコンを操作して、室内を明るくした。
暗闇に慣れた目が一瞬、明かりに眩んだ。
「暗くてもいいのに」
「・・・今度…俺の方から病院に行って…相談しようか?そのホルモン注射…お前の体質には合ってないんじゃあないのか?」
「別に大丈夫よ…私は早く…子供が欲しいの…これくらい平気」
「・・・そう焦るなよ…」
「あ、焦りたくもなるわ!毎日、妊婦の杏里ちゃんと一緒に居るんだもん。杏里ちゃんは私と同じ歳で、二人目を生むのよ…私は…まだ、妊娠できる身体にすらなってない・・・」
トーマの言葉で溜まっていた愚痴が次から次へと吐き出されていく。
「自分が悪いのはわかってるけど…私だって…」
「・・・」
トーマは何も言わず、ベットの端に座り、私に手を伸ばした。
私はギュッとトーマに抱きつき、涙が枯れるまで泣いた。
俺と美古が子供を授かる道のりは険しい。
「それは、申し訳ないですね」
「別にお前たちにとってはめでたい話だ…気にするな…栗原」
「ホルモン注射の副作用がキツイみたいですね」
「今度…相談して別の注射に変えさせるつもりだ」
「その方がいいでしょう」
「・・・」
俺も美古を支えて、二人三脚で、『不妊治療』に取り組むつもりだが。
支えていく自信がなくなった。
焦る美古のキモチがわからない。俺よりも一回りも若いし、妊娠の可能性だって高い。
美古の気の短い…直ぐに白黒付けたがる…性格が災いしてるのか?
「今度の冬季休暇、二人で旅行に行って来るのはどうですか?社長」
「美古さんも邸宅に閉じこもりがちですから・・・リフレッシュを兼ねて…」
「それはいい考えだ…」
「行き先さえ、決まれば…俺が飛行機とホテルは手配しますよ」
「ありがとう~」
「では、もうすぐ、会議の時間です…社長」
「わかった」
俺は椅子から立ち上がって、デスクを離れる。
旅行の前に、クリスマスがあるーーー・・・
クリスマスは美古に内緒で、ホテルのスイートとディナーを予約。
プレゼントも用意していた。
* * *
ホルモン注射の種類を変え、美古は少しだけ、調子を戻した。
「今度の春の新作のコスメのサンプルだ…」
出来たての春コスメの新作サンプルを邸宅に持ち帰って、美古に見せる。
「へぇ~っ…」
自社の新作コスメを毎回、楽しみにしてる美古は早速、サンプルを手に取って、確かめた。
久しぶりに見る美古の明るい笑顔に俺もホッとした。
「春コスメからオーダーメイド・ルージュが販売される」
「オーダーメイド・ルージュ??」
「これがカタログの試作品だ…」
俺は美古にカタログを見せた。
「色もケースも全て自分で選べるようになっている…まだまだ、企画段階でどんな戦法で市場に出すかは未定だ」
「バリエーション豊富だね」
「お客様の気に入る色を作るんだ…当然だ…」
「面白いね…」
「面白いか?俺が考えたんだ…」
「トーマの企画か…」
「きっかけはお前だ…」
「私??私も何も…」
「カラーセラピーって知ってるか?色彩の持つ心理的効果を利用して行う精神療法だ。ほら、お前もこのカタログを見て、自分の唇につけたい色を考えろ」
「え、あ…」
戸惑いながらも、美古はカタログの色を見て、スキな色を選び始めた。
「お前はやっぱり赤系か・・・ピンク系とかどうだ?可愛くないか??」
二人でソファーに座り、肩を寄せ合い、口紅の色を考えた。
「こうして、ずっと、二人でも俺はいいぞ。子供は授かり物。今のお前は自分を追い詰め過ぎてる…まだ、見ぬ子供よりも、俺は美古の方が大切だ…」
「トーマ!?」
俺は美古の肩を抱いた。美古にしては素直に俺の肩に頬を寄せる。
「でも、ローズ系もいい…」
「おいおい!?お前はどれだけ作る気だ?」
「考えろと言ったのはトーマの方でしょ?」
「・・・作る側のコトも考えて、選んでくれ」
「!?」
「こっちの話だ…」
「トーマは私の唇にはどの色が似合うと思う?」
「俺は…ピンク系だ・・・」
「ピンク系の口紅…服はメイド服?」
「え、いや・・・俺がメイド服には弱いって知ってて…お前、言ってるだろ?」
「…別に」
「いや、ワザとだろ?」
「ワザとじゃないって…」
二人でふざけ合っていたら、カタログはラグの上に落ちてしまった。
「美古が選ぶと時間がかかるし…俺がお前に似合う色を選ぶ…」
俺は美古をソファーに上に倒した。
「久しぶりにお前の笑顔が見れた。カラーセラピーの効果か?」
「トーマのおかげだよ…」
互いに微笑み、そのまま、唇を重ねた。