病院に着き、

部屋に案内された。

『コンコン』

ドアをノックし

部屋に入る。
 
「うっ…。」

強烈な刺激臭に

思わず鼻をつまんだ。
 
「あら、

 またやっちゃったのね。」

看護師は当たり前のように

そう言い床にばらまかれた

排泄物を片づけた。

母はその姿の変わり様に

あっけにとられ、

呆然と立ちつくした。

父の姿は変わり果て、

髪は真っ白で表情も冴えない。

目は死んだ魚のようだった。

一点を見つめ

ボーっとしている。

服やシーツは

ご飯でも零したのか、

とても汚れている。
 
突然大声で

「ぅあ~。」

と、父は叫びだした。
 

「お父さん!

 お父さん、

 どうしたの!」

懸命に投げ掛けるが

父の耳には入らない。

暴れ始めたかと思えば、

立ったとたん倒れた。

もう父には

一人で立つ力すら

残されていないのだ。

その姿を見た母は、

床に泣き崩れてしまった。

這うように父の側へ行き、

父の肩を抱いた。

「お父さん!

 しっかりしてよ…。」

心の底から叫ぶが、

父の頭の中には

妻という辞書は消え去っていた。

母はもう遅いとはわかっていたが

この日から泊まり込みで

看病に当たった。

有喜の発症が

もう少し遅かったら、

もっと側にいて

あげられたのに…。

いつしか

自分の介護力の不甲斐なさを

周りのせいにするようになっていた。

今更頑張っても

お父さんには伝わらない…。

そう思い

申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 
「私はお父さんに

 何をしてあげられたの…?

 お父さんの中の

 私との最後の記憶って

 いったいいつなの…?」

こんな事を

泣きながら呟いていた。