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目覚めれば――


憂慮の色を濃く浮かべた端麗な顔があった。


ああ、玲様。


玲様が狂われたのは、悪夢の中のものだったんだ。


そのことに、誰にとも言えずにとにかく感謝したい心地であると同時に、玲様を私の無意識領域内で穢してしまったという懺悔の心地で胸一杯の私は…自分は大丈夫だと玲様に頭を下げて、起き上がった。


いつもの…薬を飲んだ後のような倦怠感はなく、すっきりとした…清々しい気分であったのが、とても不思議だった。


私の発作は…"何を"飲んだことによって沈静化したんだ?


「緋狭さん…」


櫂様の呟きに、私ははっとそちらを見る。


紅皇の正装である赤い外套姿が定番となった今では、最早過去の遺物となった…乱れた赤い襦袢の私装。


大きく開けられた襟ぐりといい、はだけきった裾と言い…思わず目を覆いたくなるような際どい格好にて、頗(すこぶ)る艶やかに、己が神聖な色を放つ緋狭様。


こんな格好で現われるなんて。


まさか――


「案ずるな。私はまだ、職を失ってはいない」


そして私達を見渡すと、


「何だ、その…微妙な顔つきは」


緋狭様は、鮮やかな緋色の唇から豪快な笑い声を発して、一升瓶に口をつけた。


その姿は、いつも通りの…変わらぬ緋狭様で。


もしかして――


今までのことは全て夢だったのではないか。



そう…疑念を抱き始めた時――



「生憎――


夢ではないぞ、黄幡会のことは」



神秘的な黒い瞳に宿るのは、非情なまでに真剣な光。


嘘も偽りも見いだせぬ、その真っ直ぐな強さ故に――全ては救いようのない"現実"なのだと…私は泣きたい心地になった。