「…どうも」


短く言って、白井と話していた同僚とやらを一瞥し、私はある場所めがけて歩きだす。


「待て」


背後から久保が追いかけてきた。

ここが人気のない廊下で本当によかった。

こんな剣幕の私を追いかける久保なんか見られたら、どういう関係だと思われる。


「どこへ行く」

「部長のところ」


簡素に答える。


「何をしに」

「ぶん殴る」


白井も馬鹿だが変な信条公言していた部長もクズだ。

どうしても許せない。

女として、人間として許せない。


ぶん殴る。

殴ってこんな会社辞めてやる。


「待て」


うるさいばか。

お前も同じだ。

なんだか泣けてきた。


「待てと言っている」

「なによ!?」

「愛してる」


………

…………

………………ああもう。


何でこんなに人の神経逆撫でするの、この人。


これは、あれか。

女を落ち着かせるには殴るかキスかとかいうハーレクイン的なあれか。

ふざけるな。


「はいはい有難うそれで!?」


噛みつくように言い放つと久保は少しだけ笑った。


「部長を殴ってもお前が会社を追われるだけだろう」

「だったら何!?」

「それでお前は満足なのか」

「そんな訳ないけれど他にどうしようもないのよ私馬鹿だから!!」

「いや、お前はなかなか見事な女だ」


………は?


悠々と笑う久保に、疑問よりなんだか同情が湧いてきた。

この人、頭おかしくなったんじゃなかろうか。


「ここ数ヶ月、お前を見てきた。お前は人間として大切なことを間違えない出来た女だ」


ぽかんとする。

これが私を落ち着かせようとしての策なら、おめでとう。

すっかり成功している。


「会社は人で作り育てるものだ。そこに歪みは許したくない。お前は正常だ」

「…何が言いたいんですか?」


私を正常だと言う目の前の男が異常に思えてしかたなく、訝しんで聞く。


「部長をクビ、もしくは降格してやる」


…………。


私の頭は多分、今、ものすごく血の巡りが薄いと思う。

幾分か疲れて、私は肩を落とす。

私、今からこの人に、組織というものを説明したのち部長は貴方の上司であり、権限もなにもかもが貴方の上なんだということを説明しなければならないんだろうか。


「あのですね…」

「社長の子息がこの会社にいることをお前は知らないのか」


遮るように言われ言葉を飲む。

微笑む久保。


「まさか」


「俺だ」