「先輩」


話しかけてきた後輩の目に溢れんばかりの涙を見て私は驚く。


「遊ばれたあ…」


オフィスであることを考えもせず号泣する彼女をどうにか更衣室まで引きずり、私はドアを閉める。


「あ、遊ばれたって誰に」


デリケートな問題は質問にも困るとか思いつつ、そんな所でつまずいている場合でもないのでそう聞く。


「白井さん…」


しゃくりあげながら言われたその男の名に、一瞬動揺する。

白井。

イケメン爽やかキャリアの人気者だ。

もうそのスキルだけで女に汚いとわかりそうなものなのに、目前の後輩はなにを期待してなにを許したのだろう。

同情と呆れにめまいがしそうだ。


「なんで遊ばれたと思うの?」


双方本気かもしれないじゃない。

とか、かなり低い確率だが祈る気持ちで願ってみる。

が。


「生理来ないって言ったらメール来なくなった…」


ああ神様。

できるなら昏倒して眠ってしまいたい衝動を精一杯の腕力で支える。

なんでそこまで許すの婚約する前に。

とかいう昭和気質な私の叱咤が彼女に効くとは到底考えていない。

ただせめて気をつけようよといっても、きっと通じない。

なぜなら彼女は、いや彼女だけでなく私の知る可愛い女子たちは常に衝動的であり情熱的である『主役』気質であるからだ。

世の中には『主役』と『脇役』気質が確かに存在する。

悲劇や喜劇が起こり物事の渦中にまかれるのは常に彼女のような主役気質だ。

そして私はといえばいつも一歩離れたところからそれを知る。

つまるところ脇役だ。

ドラマでいうなら『同僚A』とかだ。

主役にかかれそうなイベントだってあるにはある。

渦中の白井さんにも少しばかりときめいたことがある。

しかしそれで終わりだ。

それ以上には恵まれなかった。

心も、機会も。


私は脇役だ。

気づいた時からずっと脇役だ。

もう、それでいいと思っている。


「…忙しいだけかもしれないじゃない」


ないな。

多分それはない。

と思いながら慰めるが彼女は信用しない。

まあ、そうだよね。

言ってる私がそんなことあるかと思ってるんだもの。

信憑性もなにもあったもんじゃないよね。


「いつからそういう関係だったの?」


傾聴の姿勢をとり、椅子を勧める。

彼女は素直に椅子に座り、ハンカチで目を押さえた。