徳二郎は不思議な男だった。知り合ってからというもの、夕方近くに出勤するマリアと一緒に家を出、仕事が終る頃に例の街灯の下に迎えに来て一緒に帰る。朝方近くまで愛し合い、夕方前まで共に寝る。そんな生活を繰り返した。前に付き合った男にもそんな風に暮らした男がいたが、ヒモのようにマリアに寄生し、別れるときは泥沼で店に仲介してもらって別れたほどだ。しかし徳二郎は金の工面を頼むわけでもなく、むしろ食料などマリアが居ない間にいろいろ買って来てくれるほどだった。出逢って一ヶ月経った時に、記念だと十字架の純金のネックレスをくれたときには、きっとどこかの金持ちの息子なのだとマリアは不安になった。金持ちの息子が自分に本気になるはずが無い。今はこんな女が珍しくて付き合っているが、飽きてしまえば捨てられる。きっとそうに違いないと。
「ねぇ、徳二郎。徳二郎はどこかの大金持ちの御曹司でしょ?そして遊びで私と付き合ってるんだよね」
 そんなマリアの問いを徳二郎は否定した。
「じゃあどんな仕事をしているの?教えてよ!私のことは全部話した。なのに、私は徳二郎の名前しか知らない。もっと、知りたいのよ。徳二郎のこと」
 マリアは、はじめて強く主張した。徳二郎も今までとは違うということを悟り、真剣な顔つきになる。でも少し間をあけ何か言おうとしたが、ためらい、口を噤んで下を向いてしまった。今回、マリアはどうしても聞き出すつもりでいたので、徳二郎が話すまで待つつもりだった。だが、下を向いている徳二郎の手に涙が落ちた。驚いて顔をのぞき込むと、徳二郎がポロポロと涙を流している。
「やだ、どうして泣くの?」
 徳二郎は顔を上げ、涙を浮かべたままでマリアを真っ直ぐ見つめる。まるで天使が泣いているように、その姿はとても神聖なものだった。マリアはとても悪いことをしたような気分になり、何かよっぽど話せない事情があるのだと思う事にした。
「わかったよ。徳二郎が話してくれるまで待ってる。でも、いつかは教えてくれるよね?」
 その言葉を聞いて徳二郎の顔に安堵の表情が浮かぶ。マリアはそれ以上、何も聞くことができなかった。