ったく……。
悲しいのに、
何も出来ない自分が悔しくて。
でも……私は、
見守るって決めた。
鴨ちゃんの覚悟、受け止めるって決めた。
だから……ちゃんと笑って、
この時間も歩いて行かないと。
お揃いのだんだら羽織を身に着けて、
藩からの命令を待ち続けるその間も、
邸内の不穏な空気はおさまる気配がない。
近藤さんラブリーの鬼の誰かさん。
その人の射すような視線が、
鴨ちゃんを突き刺しているのがわかる。
そんな視線すら、
鴨ちゃんは気づかぬふりで。
その殺気の視線の意味は、
私が一番わかってるから。
でもね……土方さん。
新選組の為の礎になるために、
わざと嫌われ役をかってでてる鴨ちゃんの本性を知って、
それでも斬りたいと思う?
見つめる先には、
鴨ちゃんが無心に酒を飲み続ける。
鴨ちゃんの周囲には、
近藤さん、土方さん、山南さんが
難しい顔をしながら共に同じ部屋で座って。
……何でそこまで出来るのよっ!!……。
それでもその場所に居続ける
鴨ちゃんの未来。
鴨ちゃんの姿を見続けることが出来なくて、
最後のお酌を終えると、その場所を離れる。
……ごめん……鴨ちゃん……。
その場所を離れて、炊事場まで一気に走っていくと、
炊事場の壁に握りこぶしを何度かぶつけながら涙を流す。
声をあげて泣く私に
花桜が背中をさすってくれた。
「瑠花……。
無理しなくていいんだよ。
瑠花のことは私が守るから。
瑠花だけでも、
私が現在に帰して見せるから」
黙って私を抱き寄せる。
「……花桜……」
必死に涙を堪えて、
声にならない声で紡ぐ親友の名前。
「少し休んでおいでよ。
皆には疲れて休んでるって伝えておくから。
ほらっ、泣いたままで芹沢さんの前にいられないでしょ」
花桜に促されて八木邸の炊事場から、
前川邸の方へと移動していく。
その道すがら、
視線の隅に捉えたもの。
沖田さんとお梅さんの姿。
「瑠花はん?」
慌てて通り過ぎようとした私に、
気が付いたお梅さんが声をかける。
ヤバっ。
こんなところ見られたくなかったんだけどな……。
しかも……お梅さんと一緒にいるのは、
あの沖田総司。
大好きな総司のはずなのに今は……ただ怖い……。
彼の心が見えないから……。
「ほなっ、沖田はんも気をつけて」
お梅さんはそう話しかけると、
私の方へと近づいてきた。
「芹沢せんせは?」
「あっ……鴨ちゃんは相変わらず、
お酒飲んでます。
黙々と……」
「……そうかぁ……」
一度軽く目を伏せて視線を遠くにうつしながら
愛おしそうに紡ぐお梅さん。
「あっ、あの……。
お梅さん、沖田さんと?」
沖田さんと何話してたんですか?
「あぁ~、総司の恋相談」
はい?
沖田さんの恋愛相談?
嘘でしょ。
お梅さん……。
あの……沖田さんが誰かに恋してるなんて。
冗談でしょ。
「えっ?沖田さん。
お梅さんのことが好きなんですか?
お梅さんには、鴨ちゃんがいるのに」
真剣にそう切り返す私に、
お梅さんは、クスクスと笑いだして。
もう……お腹抱えてまで笑うことないじゃない。
「もう」っと頬を膨らませて睨む私を見て
体制を立て直したお梅さんは「かんにんなぁ~」っと
言葉を続けた。
「だったら……どうして?」
気が付いたら
言葉にしてた本音。
呟いたその言葉に、
満足な返答を得られぬまま
無情な時間は過ぎていく。
会津藩からの命令が届かない
状況下の中、出陣を決めた壬生浪士組。
慌てて八木邸へと戻って、
鴨ちゃんに近寄る。
「瑠花、お前はここで俺の帰りを待ってろ。
うまい酒を頼む」
大きな手で、頭を子供に接するように
撫でつけると隊士たちをつれて出て行った。
その後を追うように、
近藤さんたちを後を追いかける。
「瑠花っ。
私も出掛けてくる。
まだ戦えるかどうかなんて自信ないけど
誰だって、初めてはあるでしょ。
私、この世界で生きるって決めたんだから。
舞とも会えるかも知れないし」
急ぎ早にそう告げると、
その隊列に加わって邸を出て行った。
八月十八日の政変かぁ。
大好きな歴史を思い出して一人戻った前川邸の自室で
心の中、呟く。
目を閉じて思い出す歴史。
ドラマやら、何やらいろんな情報が入り混じった
出来事ではあるけれど確か……こうだっはず。
隊列を組んで出向いた蛤御門。
蛤御門で、壬生浪士組は邪険にされるんだ。
部外者扱いされて。
それで鴨ちゃんが大暴れして、
中に入れて貰うんだっけ。
ちゃんと無事に帰ってくる。
歴史上も、鴨ちゃんたちは
無事に帰ってくるのはわかってる。
わかってるけど……
不安で締め付けられそうになる
この心は拭えないよ。
自室にこもり、
一人、手をあわせる。
柄でもないのに両手を合わせて、
神様に必死に祈り続ける。
鴨ちゃんたちが花桜が無事に、
帰って来てくれますように……と……。
ただ待つだけの時間が
こんなに長くて苦しい時間だなんて
思いもしなかった。
日々を必死に足掻き続ける
私たちのうえに、時は無常を刻み続ける。
止まることのない幕末の歴史は、
何者に邪魔されることなく
運命(さだめ)を描き続けていた。
ねぇ、貴女はどうして私に語りかけてくれるの?
義助さんと晋作さん。
二人についていく。
そう決めて、宿を飛び出して以来
ずっと私の中に語りかけてくれる声。
『舞、あっちに行っては駄目。
あれは薩摩。
そして……向こうは、会津。
義助たちの仲間ではないから……。
あの場所に行っては駄目』
そうやって私を守るように、
心の中に流れ込んでくる声。
貴女は誰?
そう問いかけた私に貴女は答える。
私自身が驚く中身を。
*
『私は……舞……。
貴女自身……』
*
嘘だと思った。
何言ってるのって、暴言を吐きたかった。
だけど……この世界の記憶がない私には、
どうすることも出来なくて。
だけど……この声を拒絶するには
この世界は寂しすぎて。
その声に縋る【すがる】ことしか出来なくて。
ねぇ、私は誰?
どうして……記憶がないの?
何故【なぜ】この場所に居るの?
あの日から問い続ける答えは今も届かない。
『ねぇ……舞……心細い?
記憶がないのは……不安?』
「そりゃそうよ。
記憶がないなんて地面に足がついてないんだもの。
不安すぎるよ」
突然の問いかけに私は心の中で答える。
『そう。
なら舞は私を抱けばいいよ。
私は舞。貴女自身だから』
その声の後、その人は淡い光となって
私の体内に溶け込んでいく優しいイメージが
脳内に広がる。
吸い込まれた後パチーンっと、
弾けとんだような光が体が広がって
ほのかに温もりが流れ込んでくる。
そんな光に包まれた私の体のなかへと
その光は吸い込まれていった。
「ねぇ?何したの?」
『大丈夫。
私の声は届かなくてもは私は貴女と一緒にいるから……。
舞の願いは私の願い。
今度こそ、舞は未来を切り開いて。
貴女がもう悲しまなくていいように』
謎の言葉を残して、
音信不通となった舞と名乗った心の声。
その声は聞こえてしまったけど、
それでも私の心は、ほっこりとして温かかった。
湧き上がってくるビジョンは、
私自身をゆっくりと安定させていく。
★
【-記憶-】
『しんにい、よしにい。
舞もつれてってよー』
まだ小さい私が二人の後を
追いかけていく。
「舞、そのままだとこけるぞ。
お前はお転婆なんだから」
『舞、お転婆じゃないよ。
ちゃんとお炊事だってお母さんの手伝いしてるもん。
お味噌汁は舞も作れるようになったんだから』
初めて流れ込んでくる、
その映像を見つめながら私の中に広がっていく懐かしさ。
*
そう……これは故郷。
私は、いつも晋兄と義兄と一緒だった。
晋兄は村の大きなお家のお兄ちゃん。
村の皆は風変わりな坊ちゃんって言ってたけど
私にとっては……知らない世界を沢山教えてくれる
憧れのお兄ちゃん。
義兄は隣の家に住んでて、いつも泣いてた
私に声をかけてくれた優しい人。
何をするにも一緒に連れてってくれた。
砂浜を走るのも、山登りをするのも、
海を泳ぐのも。
上手く出来なくて、泣いたら、慌てて私の元まで
駆けつけてきて涙をふき取って一緒にしてくれた。
そんな義兄を見ながら晋兄は言ってたっけ。
『義助は、舞には甘すぎるんだよ。
だから舞は何時まで経っても何も出来ない子供のままなんだ』って。
その度に「義兄を悪く言わないでっ!!」って何度も言い返してた。
そんな三人で過ごし続けた楽しい時間も、
いつかは別れの時間がやってくる。
晋兄は村を飛び出して何処かに消えてしまって、
義兄も結婚してすぐに、勉学の為って藩の許しを貰って村を出て行っちゃった。
志【こころざし】を叶える為。
ずっとずっと、
あの二人はあの当時からそんなことばっかり言ってた。
二人が居なくなった故郷で海を眺めながら過ごした私は、
いくつもの四季の景色を見送って二人を探す旅に出た。
初めての一人旅。
路金なんてそんなに持ってなくて、
びくびくしながら寝た野宿を繰り返し、
ズルズルに向けた足を庇いながら目的もなく、
二人を探して彷徨い続ける。
何度か行き倒れかけて、
いろんな人に助けて貰った。
そうして……ようやく再会出来た晋兄と義兄。
「やっと逢えた……」
二人の顔を見た途端に視界が歪んで、
そのまま真っ暗くなった。
次に目が覚めたら、
そこには心配そうに私の額に手を伸ばす義兄。
そして座り込んで片膝を立て、
刀を肩に立てかけながら目を閉じてる晋兄。
『舞。
君はどうしてこんな無理をするんだ?』
ただ心配そうにまっすぐに私を捕えて説教を始める義兄。
それとは正反対に、私の頬に触れた後、頭の上に拳骨をふらす晋兄。
旅の疲れで高熱が出て一週間以上、
床に伏せたままだったのだと後から知った。
帰れって言われても、絶対に帰るのは嫌だって、
我儘を言い通して、そのまま晋兄たちとのところに居座った私。
そして事件が起こったんだ。
☆
事件……。
湧き上がってくる記憶の渦に翻弄されながら、
時折、ズキンと痛みが増す頭に手を添えながら考える。
なんだっけ……。
『八月十八日の政変』
脳裏に……優しい声が聞こえる。
その声は……あの時、
出逢った瑠花さんの声に似ていて
その脳裏の片隅に映る、私と花桜さんと瑠花さん。
そして名前の知らない男。
四人は書物が沢山ある場所で、
見知らぬ服を身にまとっていた。
座り込んで息を整えていると、
再び先ほどまでの頭痛が消えていく。
八月十八日の政変?
あれ?
何?あの映像。
再び記憶の中の映像は、
鎧をつけた沢山の人たちが何処かへと
隊列を組んで歩いていく、物々しい景色を映し出す。
この場所で今から起ころうとしているのが、
『八月十八日の政変』だと言うの?
晋兄や、義兄……私の故郷の長州藩が、
京から締め出される日。
ダメっ!!
二人を助けなきゃ。
今、晋兄と義兄が必死になっても
運命は変えられない。
運命が変えられないなら生きて。
……生きて……
私の傍に居てよ……。
暖かいものが、頬を伝い落ちる。
思うままに覚悟を決めて駆け続ける。
あの人たちを殺したくない。
歴史は私が変えて見せるから。
着物の裾をめくりあげて、
格好も気にせずに御門の方へとかけ続ける。
はやまらないで。
私を一人にしないでっ!!
混乱した想いの中で、唯一守りたいもの意思は
晋兄と義兄への思い。
その想いだけで暗闇の京を駆けゆく。
そして……その歩みは、
突きつけられた会津藩のモノたちの刃で足止めされた。
「貴様、何やつ。
怪しいもの」
一人の武士が槍の切っ先を突きつけて
冷酷な声を突きつける。
乱れた服装のまま駆けてきた私は、
怪しい曲者以外の何者でもなくて……。
「もしや。こやつ、
長州の手の者か?」
思い思いに声を発する武士たちは、
次々と刃を重ねて私の動きを封じていく。
どうして……こうなるのよっ!!
私は……ただ……
歴史を変えたいだけなのに。
次の瞬間、殺されるのを覚悟して
目を閉じたとき聴きなれた声が聞こえた。
「舞。
そんなに振り乱してどうした?」
えっ?
思わず、我が目を疑う存在が
会津藩の者たちの前で声をかける。
だんだら羽織を身に着けて。
「騒がせてすまない。
俺の知り合いだ。
何か急用があったんだろう。
すまないが刀をおさめてくれないか」
やけに馴れ馴れしい素振りで近づいて来たその人に
引っ張られるようにその場所から連れ出される。
逆らえない強さで一方的に引きずられるように
歩いていたのに、ふと緩められる力。
その瞬間、腕をふりほどいて、
頬を掌で打ち付ける。
パシーンっと、静まり返った空気の中、
ひときわ大きく響く音。
「私にはやらなきゃ行けないことがあるの。
なんで邪魔するのよっ!!」
大声で叫ぼうとした声は、
彼の手で口を塞がれて
モゴモゴとくぐもった声にしかならず……。
「学習しろ。
加賀だったか、加賀が助けたいのは
あの日お前を迎えに来た長州のヤツラだろ。
お前一人で乗り込もうとも、どうにもならん。
その場でヤツラに切り殺されて終わりだ。
その命、無駄に散らせたいか?」
滅多に話さない、口数の少ない印象しかなかった
その人が低いトーンで淡々と告げる。
「でも私……晋兄と義兄を……」
……助けたい……。
「今、仲間が様子を探っている。
山波が君を心配している。
共にいれば何らかの情報が入るだろう。
今は来い」
彼、斎藤一はそう言うと私の前を、
ゆっくりとした足取りで歩いていく。
そうして連れられた先には会津藩によって命じられた場所で、
門番の職務についていただんだら羽織の集団が屯っていた。
「斎藤何処に行っていた?」
「すいません。副長。
加賀の声が聞こえたので迎えにいってました。
山波が会いたがっていたように思いましたので」
そう伝えると花桜さんが嬉しそうに、
羽織を翻して私に抱きついてくる。
「もうっ、舞っ。
ホント、心配したんだよ。
何で、黙って消えちゃうのよ。
瑠花も……瑠花も心配してたんだから……」
そう告げる花桜の背後から「まだ疑いが晴れたわけではない」っと
言わんばかりに殺気を纏って睨みつける……人……。
すると花桜が、その視線の方にクルリと向き直って
一発、平手打ち。
さっきの私より、激しい音を響かせる。
「土方さん。
いい加減にしてください。
そうやって、疑ってばかりいても何も始まらないでしょ。
信じることを知らない人は弱虫です。
信じることが出来ない人は、誠を知らない人です。
いい加減にしたらどうですっ!!」