約束の大空 1 【第1幕、2幕完結】 ※ 約束の大空・2に続く


瑠花さんや、花桜さんと
敵同士なのだと自覚した次の日。


義助さんや晋作さんたちと
とある店へと連れて行かれた。


その場所には何人かの人たちが
たむろっていて「明日、決行する」っと……
その中の誰かが、静かに響き渡る言葉で告げる。

その途端、周囲から歓喜の声があがった。



「舞、引き返すなら今だよ」



義助さんが小さく呟く。



このまま何も知らないままで居られたら、
良かったのかもしれない。


だけど……もう戻れない。
私は知ってしまったから。

だったら私の目指す道は一つだけだよ。

二人と共に歩いていく未来を。



「連れて行ってください」




私は義助さんと晋作さん、
二人の夢を応援したいから。


一番近くで見守っていたいから。


その日から私の周囲は慌ただしくなった。


皆が鎧に袖を通し盃を交わしあう。


……えっ……。


ふと脳裏に浮かび上がるビジョン。
私はこの光景を知ってる?




まさか……。



靄が一段と強くかかったように頭の芯が痺れていく。



「舞、顔色が悪い。

 やっぱり……君は連れて行けないよ」








やっぱり君は連れて行けないよ……。



……やっぱり君は連れて行けないよ。







……連れて行けないよ……。







ふと脳裏に誰かの囁きが聞こえた。



その途端、私は頭痛を感じ
思わずその痛みに耐えるように両手で頭を押さえる。



「舞?」



慌てるように覗き込む義助さんにただ横に首を振って
目を閉じて呼吸を整えると、不思議にスーっと痛みがひいていく。


さっきまでの痛みが嘘だったみたいに。


「舞?どうしたの頭が痛いの?」


今も心配そうに私を見る、義助さんとその後ろから視線を感じる
晋兄の方をゆっくりと見つめて、私は言葉を返した。



「義助も晋兄も勝手ばっかり。
 そうやって、私を遠ざけて。

 私がその後、どれだけ大変だったかも知らないくせに……」



えっ?

私、何で泣いてるの?

何……言ってるの?


義助さんとも晋作さんとも、
まだ出逢って数か月しかたっていないって言うのに。



「おいっ。
 舞、大丈夫か?

 顔色、悪いぞ。

 義助、やっぱりコイツは
 宿とって休ませる」

「あぁ。
 晋作の言うとおりだ。
 
 こんな状態の君を連れて行くなんて出来ないよ」





『いやっ。


 こうやって義助も晋兄も私のことを仲間外れにするの。
 ずっと一緒にいるって言ったのに……。

 何時か……私をお嫁さんにしてくれるって
 約束してくれたのに』







えっ?



脳内をかき乱す声は次第に大きく響いていく。 





「いやっ。

 私の意識を支配しないで。
 私は……貴女なんて知らない」






知らないんだから。


叫びながら……途絶えた意識。

気がついた時には、誰もいない部屋で
布団の中に寝かされていた。


私以外の荷物は部屋の何処にもない。


義助さん?
晋作さん?


二人を探して宿の中を探し回る。



義助さんと、晋作さんはおろか
そのお仲間さんたちの姿も消えてしまってた。



……どうしよう……。


心細さが一気に支配していく。




『舞、大丈夫だよ。
 私はここに居るから。

 晋兄とは……会えなかったけど、
 あの日……私は義助には出逢えたから』




眠って起きたあとなのに、
その私をかき乱す声が脳裏から離れることはなかった。



静かに響くように浮かび上がる言葉。



その声を何度も耳にしているうちに
意識が麻痺しているのか、
先ほどまでの嫌悪感が少しずつ薄らいでいく。




「貴女は義助さんの居場所を知っているの?」


『うん。
 知ってる……。

 早く行かなきゃ……早く行かなきゃ、会えなくなる』




えっ?


早く行かなきゃ、逢えなくなるってどういうこと?


意識の声が聞こえるままに、私は身支度を済ませて、
宿を飛び出していく。



いつもは真っ暗な暗闇。
なのに今日だけは、何処か様子が違う。

街中のあちこちに、
松明と篝火が立てられている。


そして鎧兜を身に着けた人たちが、
あちらこちらに集結していた。




「あっ、あそこ。
 あの人に聞いたら……」



人を見つけて駆け出そうとした私を
中の声が制止させる。



『舞。

 あっちに行っては駄目よ。
 あれは薩摩。

 そして向こうは会津。

 義助たちの仲間ではないから……。
 あの場所に行っては駄目』




危険シグナルを告げるように
意識に流れ込んだ声は、
私の体の自由を奪っていく。





ねぇ、
貴女は誰?





そう問いかけた私に心の声は、
にっこりと微笑みかけて言葉を響かせる。



『私は……舞……。

 貴女自身……』





何、それ?
貴女が私であるはずないじゃない。

いい加減なこと言わないでよ。
ねぇ、だけど貴女、さっき言ったわよね。


義助さんとは会えるって。
だったらその場所に連れて行って。


私は二人についていくって決めたんだから。
それが私が選んだ未来なんだから。



そう……瑠花さんも、花桜さんも
私のことを友達だと言ってくれたけど
私は……二人と過ごした記憶なんて持ち合わせてない。




私を満たしてくれるのは二人の傍だけだもの。


だから私の心のままに導いて。



何時もと変わらない朝。

だけど……いつもよりも重い朝。


『近藤さんも、土方くんもまだ決めつけるのは
 早いのではありませんか?

 山波くんも、そろそろこの世界で生きる
 覚悟を決めて頂かないといけませんね。

 この場所に留まると言うことはいつか、
 お友達とも一戦を交えるかも知れないと言うこと。
 
 山波くん、貴女はどうしたいですか?

 この先も、この場所でお友達と戦うかもしれない
 リスクを伴ったまま歩き続ける覚悟はありますか?』


今の主である近藤さんをはじめとする上の人たちに囲まれて、
この世界に生きるか否かを問われた昨夜。


私は決めた。


この世界に生きることを。


この世界で、精一杯私が出来ることをする。


私の意思で、この世界を歩いていく覚悟。


それは何時敵対して戦うことになるか
わからない……舞の存在。



そして、もう一つの問題は瑠花。

今は一緒に行動していている近藤さん派と芹沢さん派。


だけど、最近の芹沢派の行動に不満の声が上がっている
近藤さん派の隊士たちが居る今、
この二つの派閥はいつどうなってもおかしくない。


この二つの派閥が内部でいがみあうことになったら、
瑠花はどうするんだろう。




そんな状況下で決意した私の言葉の重みは、
想像よりも遥かにズシリと響くわけで。





舞も瑠花も守りたい。
その本音に嘘偽りはない。



だけど、それだけじゃ、時代に流されるだけじゃ
この世界から帰ることなんて出来ないのかもしれない。


そんな決意の夜から、一晩が過ぎた今は朝。
だからいつもと同じで、何時もと違う朝。


布団から体を起こして畳むと、
部屋を後にして着物の袖をたすき掛けに結びあげる。



炊事場にいって、朝食の準備を手伝って庭掃除。


そして……次々と隊士たちが朝稽古に起きだす頃、
私も屋敷内の床掃除にとりかかる。



何時もと変わらない日々。



そんな中、確実に変わってきたものと言えば、
新選組の彼らが私に接してくれる態度。



最初は遠巻きに見ていた隊士たちも
今では声をかけてくれる。



この世界で私は私の居場所をちゃんと見つけ出してる。
歩き出せてる。



自分で歩き出すことをしない人に、
手を差し伸べてくれる人は居ないんだって気づかせて貰った。




「おいっ、山波。
 床掃除、手を休めて道場行って来い」


必死に廊下の拭き掃除をしていたら、
急に障子が開いて中から顔を覗かせたのは、
怖い顔した、もとい……何時も睨んでばかりの土方さん。



えっ?

土方さんらしからぬ言葉に
拍子抜けしてると目の前のその人は、
あからさまにイライラしはじめる。



「山波くん。

 何時も頑張ってくれて有難うございます。
 今日から貴方も本格的に朝稽古に入るといいですよ。

 朝の仕事の後の余った時間に稽古をつけて貰うだけでなく、
 通し稽古で、隊士たちと交わって。

 斎藤くんに聞きました。
 なかなかの筋のようですね。

 こちらに居る土方くんも強いんですよ。
 何時か手合せてして頂けるといいですね。

 今日は私がお相手しましょう」


穏やかな笑みを浮かべたまま、
土方さんの背後から歩み寄ると
私の手を引いて道場へと入っていく。


滅多に山南さんが道場に入ることがないのか、
突然、隊士たちがどよめき立つ。



「さぁ、私のことは気にせずに朝稽古に努めてくださいよ。
 沖田くんが、皆さんを睨んでますよ」



サラリと言葉を紡いだのと沖田さんが、
片っ端から隊士たちをぶっ倒していったのはほぼ同時。



「皆さん、だらしがないですねー」



涼やかな声が背後で木霊するのを感じながら、
私は手渡された刀を握りしめる。



ずっしりと掌に伝わる刀の重み。


それは……今まで私が使ってきた、
木刀や竹刀なんかとは違って。



「おやっ、初めてでしたか?」

「はいっ」

「花桜くんにはこちらの刀をおかししまょう。

 私は赤心沖光があれば十分ですから、
 花舞風~はなまうかぜ~。

 飾り気も何もない無名の刀ですが私の愛刀、沖光にも負けぬ、
 気迫を感じるのです。

 それではまず、刀の重さになれるところから。
 貴女の身を守る大切な愛刀を信じてあげるところから始めなさい」




山南さんの言葉に導かれるままに、
ただ無心に花舞風をふるい続ける。


心を無にして、神経を研ぎ澄まして
刀の切っ先の方へと神経を集中させていく。


時に剣舞をするように
時に流れるような教えらたれ型にのっとって……
一心不乱に振り続ける刀。


体温が上昇して、心拍数が弾みだす。

段々と汗が噴き出して刀を持つ手が、
汗で滑りはじめる。

息がいい感じに弾んでこれからっと思えたとき、
お稽古の終わりを告げる、山南さんの声が道場に響き渡る。


慌てて、刀を振るう腕を止め刀を鞘へと納めると、
居住まいを正して今日の師匠である、山南さんの前に正座して深く一礼する。



どうしてだろう。





稽古をつけてくれているのは山南さん。




初めての稽古のはずなのに、何故か懐かしくて。



お祖父ちゃんに稽古をして貰っていたような
暖かな感覚が私を包み込んでた。




「明日もこの時間、この場所で。

 山波くん、斎藤くんが言った通り君の開花が私も楽しみですよ。

 普段使わない筋肉を酷使しているでしょう。
 明日に備えなさい」


その場を立ち去ろうとした山南さんに、
花舞風をお返ししようと声をかけた私に、
山南さんは柔らかに微笑んだ。



「刀は武士の命ですよ。

 この世界に生きる覚悟をした貴女だからか
 私も貴女を信じることにしたのです。

 この世界の武士として生きるならばその刀は必需品でしょう。

 どうぞ、貴女の元におさめなさい」



それだけ紡ぐと山南さんは、
道場を後にしていった。


道場の床に大の字になって転がる。


大きく伸びをして寝返りをうって起き上る。



あぁ~気持ちよかった。



そのまま、花桜は掃除へと戻らず瑠花の部屋に赴いていく。


瑠花は何があったのか、わからないけど、
いつもの日常を取り戻してくれていて、
それが私には嬉しかった。



「花桜、それ……」



瑠花は、私の刀に気が付く。


「うん。
 本物だよ。

 覚悟を決めたから……。

 私、この世界を精一杯生き抜くって決めたから」




その言葉の意味が、
どれだけ重いか、同じ思いをした瑠花にはすぐに伝わって
瑠花は何も言わず、黙って私を強く抱きしめた。



「花桜。
 聞いて……私も決めたよ。
 私は、この世界に生きた漢(おとこ)たちを
 絶対に忘れない。
 全部見届けるから……。

 どんな歴史も全部、
 受け止めて見せるから……」




ゆっくりと自分に言い聞かせるように紡ぎたした言葉の後、
抱き寄せた私の腕の中で声を殺して涙を流した。


私と違って、歴史が大好きで聖地めぐりをしてる瑠花の覚悟。


泣くだけ涙を流して、少し落ち着いた瑠花が、
私ににっこりと笑いかける。


目には涙をいっぱいに溜めたままで。



「鴨ちゃん……さ……。 
 私が言う前に知ってたのかも知れない。

 鴨ちゃんに言ったの。
 これから起きる歴史を。

 鴨ちゃんが死んじゃうこと。

 そしたら……言われちゃったの。
 『お前は俺の夢が叶う時を笑って見送れ』って。

 そんなこと言われちゃったら、私のエゴで、
 鴨ちゃんの覚悟を断ち切るなんて出来ないじゃない」



そう言いながら、私をキツク握りしめて
瑠花はかみ殺すように体を震わせていた。


そんな瑠花と、もう暫く支え合って、
私はいつものように瑠花の部屋を後にする。



その日も庭の茂みから瑠花を見つめる
沖田さんの姿を見つけた。


そして……その夜、屯所内は慌ただしくなった。



近藤さんが、会津さまに呼び出された。


歴史は今も止まることなく時を刻み続け、
私たちを容赦なく、この幕末の歴史の渦の中へと
巻き込んでいった。




「梅、酒だ。酒」



そう言う、鴨ちゃんはちょっと窮屈そうな装いで腰掛ける。



近藤さんが、会津さまに呼び出されて帰って来た後から、
前川邸も八木邸も騒々しくなった。


会津藩から借りた、戦装束。
鎧一式。


ちょっぴり黴(かび)臭い、装束に身を包んだ
鴨ちゃんをはじめとする隊士たちには何処か緊張が走っていた。



会津藩の要請。


ここでも確か鴨ちゃんたちは嫌な思いをするんだ。



前川邸を出て、八木邸へと鴨ちゃんと移動した
私は、この場所で花桜と一緒に雑用を手伝ってた。



鴨ちゃんは、しなくていいって言ってくれたけど、
花桜にだけさせるわけに行かないじゃん。



忙しくなく動き回る花桜。



炊き出し。
おにぎりを作って、振る舞っていく花桜。


そんな戦前でも鴨ちゃんはマイペース。


酒だ。
酒っ……って。



「ねぇ、鴨ちゃん。
 戦前くらい、お酒やめなよ」



堪り兼ねて、紡いだ言葉。



私にとっては自然な一言なのに、
途端に、隊士たちの視線が私に集中する。



あっ、そうか。

隊士たちにとっての鴨ちゃんは、
厄介者の怖い人なんだっけ。


鴨ちゃんが貫きたい礎の為の誠。



……バカ……。



思わず唇を噛みしめる。




「おいっ、瑠花。
 お前もつげ。

 酒だ、酒。

 勝利の祝い酒くらい、前祝にしたところで
 問題ないだろう」



横柄な態度で、ぐいっと怒鳴って、
お酒をあおるように飲む。