約束の大空 1 【第1幕、2幕完結】 ※ 約束の大空・2に続く





その日……お金を借りるために
向かった大和屋。




だけど店主は渋って鴨ちゃんに
お金は貸さない。





隣に居たはずの鴨ちゃんは、
途端に店内で大暴れ。



足が届く範囲のものは蹴り飛ばして……
そのお店に居る人たちに八つ当たりする。



その場で震えあがる
私を背中に守りながら。





鉄扇で舞うように戦う、
その流れるような戦い方に、
思わず見惚れそうになる。



暴れるだけ暴れ終わった鴨ちゃんが、
私や友のものを連れて大和屋を出たとき、
何処からか火矢が放たれて大和屋に炎が上がっていく。


次々と弧を描いて突き刺さって火を広げていく
それを見て、鴨ちゃんは面白そうに不敵な笑みを向ける。






えっ?




何するの?






「おいっ、お前ら。
 
 もっと火を持って来い」



お供の隊士たちに命じたかと思うと、
鴨ちゃんは、着物を翻して大和屋の前に居並ぶ。


騒ぎを聞きつけて、
駆け寄ってくる野次馬たちを前に大きく言い放った。



「壬生浪士組局長、芹沢鴨。

 大和屋庄兵衛、この者は不当な交易において、
 財をなし市場においての生糸高騰の原因を担いしもの。
 国外と手を結び、民の生活を脅かす大和屋を成敗するものなり」




大声で宣言して、その炎に包まれた
屋敷の前で腕を組んで仁王立ちし続けた。



騒ぎを受けて、駆けつけてきた
久しぶりに姿を見た土方さんたちを制して。




ちょっと……鴨ちゃん、
アンタ馬鹿でしょ。





大馬鹿ものじゃない。





大和屋が燃えて行くのを感じながら、
私は崩れ落ちて声を殺して泣いた……。





歴史を知ってても、
未来を知ってても、
私は……今を知らない……。





「瑠花、帰るぞ」





どれほどの時間が過ぎた後だろう。



今も大和屋の炎が燃え盛る中、
鴨ちゃんに声をかけられるままに
フラフラとその体を立ち上がらせる。


鴨ちゃんの腕の中に包まれるように、
守られるように、
その場所をゆっくりと後にした。





私……どうしたらいい?





この不器用な大馬鹿ものを。



ねぇ……神様。

神様がいるなら教えてよ。





歴史を変えてもいいですか?




御殿場から山を越えて辿りついた京。



京で寝泊まりする宿に入ってすぐ、
義助さんと、晋作さんは長州藩の藩邸へと
出掛けて行った。




大事な話があるから、
私にはここに居なさいっと言葉を残して。



最初は……言われるままに、
おとなしく、宿に居たんだけど
一人でいる時間は退屈で。




ふと……布袋に納めてある
御殿場の宿で働かせて貰った時の
収入を見つめる。


このお金で何が変えるかなんて
わからないけど……二人に何か、
プレゼントを送れるのは今しかなくて。



私は着替えを済ませると
一人で、初めての京へと飛び出した。



京では……不逞浪士が
大和屋を焼き払う物騒な事件が起きたばかりらしく
空気がピリピリと張りつめていた。


義助さんと晋作さんに
何をあげたら喜んでもらえるかな?




叶うなら、
ずっと長く使ってもらえる
物が嬉しいんだけどなー。




行き交う人々を見送りながら
一軒一軒、気になるお店を覗いていく。







私が着物を仕立てることが
出来たら……いいのに……。




そんな夢みたいなことを
思いながら、手に取っていく反物。






だけど私の手持ちで足りるはずもなくて、
それぞれに、一つずつ風呂敷を手に取って購入する。




風呂敷だったら使い道はあるよね。



二人がびっくりして喜んでくれる姿を想像しながら、
そのお店を後にして急ぎ、
宿へと帰っていたとき急ぎ走る私の体は、
衝撃と共に跳ね飛ばされた。





「おいっ。

 貴様、俺たちにぶつかっておいて
 いうことはねぇのか」




三人ほどいる男たちはゆっくりと詰め寄ってきて
私の着物の胸ぐらを掴んで立ち上がらせるみ。




怖くて力の入らない体。





相手から目を逸らすことしか
出来なくて、心の中……
義助さんと晋作さんの名前を唱える。






……助けて……。




殺される……。





そんな怖さが、
押し寄せて目を閉じたとき、
背後で音が聞こえて私の体は空を泳ぐ。








えっ?







「よっと。

 ちょっとしがみついてろよ」




そんな声が聞こえて、
必死にしがみついた時間の後、
私は地面へと自分の足で立たされた。




「舞っ!!」





女の子が私の名前を叫んでしがみつく。





誰?
この人?







どうして、
この人は私を舞と呼ぶの?






舞という名は晋兄さんが
付けてくれた名前のはずなのに。







「おいっ、瑠花。

 本当に、コイツがお前の友達なのかよ?」





助けてくれた男の人が
女の子に問いかける。




「芹沢さん信じてよ。

 この子も私と同じ月の住人。
 花桜と私の大親友なんだって」





えっ?



月の住人?






何?





女の子が言う、
その言葉に私は頭を抱える。




相変わらず靄がかかった頭の中は
何かを思い出そうとしたら
ズキズキと痛みはじめる。





両手で頭を抱え込んで呻く私に、
私を舞と呼んだ女の子が背中をさすって、
介抱しようとしてくれる。








「舞?

 もしかして……
 何も覚えてないの?

 私や花桜のこと?」





そう言いながら、
私の体を揺さぶり始める。




「おっ、おいっ。
 瑠花、やめてやれって」

「だって……。

 芹沢さん……舞は私のこと……」




今度は女の子の方が泣き崩れてしまう。




何故?





どうして……この人は泣くの?







「悪いが、
 ちょっと付き合って貰おうか」




助けてくれた男の人が
私の腕を強引に掴み取る。




力強く掴まれた腕は、
逃げようとしても振りほどくことが出来ない。





「俺は壬生浪士組局長。
 
 芹沢鴨。

 こいつは、瑠花。

 お前さんのこと知ってるらしいぞ。

 ずっと探してたんだ。

 必死にな」





芹沢さんと名乗った
その人は、瑠花と紹介した
女の子を宥めながらそう言った。




「ほらっ、瑠花。
 再会したんだろ。

 月から舞い降りた衝撃で、
 記憶をなくしちまったのかもしれねぇな」



そう言って……瑠花さんに
言い聞かせるように告げて立ち上がらせた。




「舞、一緒に行こう。

 花桜も絶対、喜ぶから。
 私たち……絶対に三人揃って帰るんだから」





帰るんだからって……。





何処へ?










私は……何者?









義助さんと晋作さんのことは
凄く気になったけど、この人は私の過去を知ってる。




そう思ったら……少しでも失ったらしい
自分の記憶を取り戻したくて一緒に居たくなった。






「私、連れがいるんです。
 宿に置手紙だけ残してきます」




そう言って、その場を離れると
紙に私を知る人が見つかった旨を伝えて
暫く、その人の場所へ行ってきます。



そう綴って宿の主人へと文を託した。




ごめんなさい。
義助さん、晋作さん。



凄く凄く今までお世話になったのに
勝手なことをして。




だれど……少しでも手がかりが
見つけられるなら、それにかけたいの。




記憶がないのは、
あまりにも怖いから。




心の中、何度も謝罪しながら、
私の過去を知っているらしい
瑠花と呼ばれた子が待つ場所へと向かう。




二人と合流して、
ゆっくりとその場所へと向かった。






少しでもいい。






ほんの少しでもいいの。







私は……
私自身のことが
知りたい……。



芹沢さんたちが暴れたあの日、
土方さんたちは隊士を慌てて屯所を駆け出して行った。


壬生浪士組の面汚し。


近藤さんたちは会津藩邸に呼び出されたり、
局中法度っと呼ばれる組の決め事などを決めるのに
慌ただしく動いてた。



私は相変わらず小姓として、
朝から晩までクタクタになるまで
働き続ける毎日。



何処をほっつき歩いてるのか、
滅多にしか返ってこない山崎さんは、
時折帰ってきては、私を怒らせることしかしない。



一人……振り回されて
馬鹿みたいじゃん。




だけど……ギスギスした
この場所で山崎さんと、山南さんといる時間が
少しほっとしてるのも事実なんだ。



だけど……
あれから少し進化したこともあるんだ。


仕事の合間にだけど道場の空き時間に
私も使わせて貰えるようになった。


そして時折、その稽古に山南さんをはじめ、
斎藤さんや藤堂さんが付き合ってくれるようになった。


誰かと手合せ出来るのはやっぱり楽しくて。


今までやってきたみたいに、防具も面もつけてないけど
木刀を降りあげて、気合と気合でぶつけ合うのは
凄く気持ちがすっきりとした。



「山波くん。
 少し宜しいですか?」


斎藤さんと藤堂さんに稽古をつけて貰っていた道場に、
姿を見せてくれたのは山南さん。



三人の師に指導されながら
練習する時間は凄く楽しくて、
今の私の心を満たしてくれた。



今、この世界で何が起きてるかなんて、
私にはわからない。



何も話してくれないから。



それを話してもらうには、
私はまだまだ信用がなさすぎるから。




ちゃんと信用して貰わないと。

私にも……この場所で起きてることを
噂で知るんじゃなくて、
ちゃんと仲間として話してもらえるように。



「有難うございました」





訓練を終えて指導してくれた三人に一礼をした後、
騒々しい足音が近づいてきた。




「花桜っ!!」




大声で私を呼ぶその声に
慌てて、背後に見つめる。




肩で息をして……整えながら、
声を出そうとしてる瑠花。




「瑠花、
 どうしたの?」




ゆっくりと瑠花の方に出掛ける。




離れていた時間、どんな生活をしていたかなんて
私にはわからないけど数か月ぶりに再会した瑠花が目の前にいる。



「花桜っ。
 
 ちょっと来て」




瑠花は、私の腕を強く引っ張ると
また走っていく。




連れて行かれる先は、
私が行くなと言われている前川邸。




あまりの出来事についてきてくれた
さっきまでの先生たちの方を振り返る。





「山南さん……。

 すいません、
 瑠花について行ってきます」




そうやって声だけかけると、
その場所へと踏み込んだ。




「ほらっ。
 花桜、舞っ。

 舞、見つけたんだよ」




瑠花が凄く嬉しそうに声を弾ませて
私を振りかえる。



部屋の一室に正座して外を見つめる
舞の姿を見つけて、私も慌てて舞の方へと駆け寄った。




「良かったぁー」




そう言いながら、
舞の体を思いっきり抱きしめる。




舞……、痩せた気がする。





「ねぇ、舞……。
 今までどうしてたの?」



抱きしめながら問いかける。