約束の大空 1 【第1幕、2幕完結】 ※ 約束の大空・2に続く






「おいっ、山波。
 俺は忙しいんだ。

 飲み物おいたら目障りだ。

 とっとと出ていけ。

 山崎、報告してもらおうか」




追い出される形で、体を押されると、
拒絶されたかのように障子はパシ-ンっと
締め切られてしまった。





あぁ、
またやっちゃった。





その後は、
道場へと飲み物を運んでいく。





「お疲れ様です。

 お飲み物、
 お持ちしました」




訓練に疲れた隊士たちが
のどを潤すために近づいてくる。



順番に配り終えると、
隊士たちに組長と慕われる人たちの方へと
順番に飲み物を運んだ。




「お疲れ様です。
 藤堂さん、永倉さん、原田さん」



三人は、差し出した飲み物を
受け取ると一気に喉元を通過させていく。





「これが酒だったら
 もっといいんだけどなー」

「左之さん
 それしかないの?」

「うるせぇー」



そんな漫才コンビを
横目で見ながら次は、
斎藤さんのもとへ差し出す。 



「斎藤さん。
 どうぞ、飲み物です」

「すまない」



一言、そう言うと彼もまた受け取って
喉を潤していく。



「あっ、あの。
 沖田さん、お飲み物を」

「僕はいらないよ。
 少し出掛けてくるよ」




沖田さんは、相変わらず
掴みどころがなくて。





それでも……ここ道場に来ると、
自然と気が引き締まる。





……お祖父ちゃん、
  今頃どうしてるかな?……






転がっていた木刀を
拾い上げるとゆっくりと両手で握りしめて、
構えの形から一気に振り下ろす。




木刀が勢いよく空を斬る風圧が
広がっていく。






うわぁ、
その感覚久しぶり。






竹刀で稽古をしていた
時間が懐かしくて何も考えず、
無心に素振りを続ける。






素振りをしている時間は
精神を統一できる。




集中力を一気に増幅させて
頭の中が一気に冴えわたっていく。  





いざとなったら、
私が舞と瑠花を守るんだから。






三人で帰るって
決めたんだから。





一日だって訓練を
さぼるわけにはいかないんだから。




無心に降り続ける私の前に、
いきなり、素振りを遮る音がした。



木刀と木刀がぶつかり合い、
その衝撃が腕へと伝わってくる。



木刀から伝わってくる
振動に、少し腕が痺れる。


その痺れを感じながら
木刀を握る力をさらに強める。





「たぁーっ」





声をあげて、その木刀の方へと
向かっていく。





何度か打ち合った後、
私の首筋で、相手の木刀の切っ先が
ピタリと止まる。






「参りました」




体制を立て直して、
一礼すると、ゆっくりとその人顔を見あげた。





「なぁ、お前。
 剣するの?
 
 お前のって、何流?」




犬の耳としっぽがついてそうな
様子で、私の近くに駆け寄ってくる藤堂さん。



「おぉ、すげぇーな。
 
 生意気なだけだとおもってけど、
 違ったんだな」



隊士たちが、好き勝手に
感想を述べながら私を取り囲んでくる。



「何流って言われても
 わかりません。
 
 お祖父ちゃんから教えて貰ったものだから。

 えっと、斎藤さん。
 手合せ、有難うございました」



お礼を述べると飲み物の一切を引いて、
次の仕事へと手を付けていく。





楽しかったー。




やっぱり木刀を振ってる時が
一番楽しいかも。




ちゃんと練習しなきゃ。
私自身を守るために。



瑠花と舞を助けるために。



舞、ちゃんと
見つけ出すから。



今はまだ屯所の中から出られない。



隣にいるはずの瑠花にすら、
あの日から会えてない。



ここで朝から晩まで、
一日中、働きっぱなしの毎日だけど
ちゃんと信頼を勝ち取って屯所の出入りを
自由にできるようになるから。



そしたら……
ちゃんと迎えに行くから。



見つけ出すから。




だから今は……待ってて……。




『コイツは俺の小姓にする』

後世に新選組の問題児として
その名を連ねる名前しか知らない、
芹沢鴨に連れられて、
私は壬生浪士組の誠忠側って言うのかな。

芹沢信者の多い前川邸へと連れてこられた。

前川邸で、小姓として働かせるのかなーっと
覚悟の上で来たものの拍子抜け。


ねぇー、鴨ちゃん
アンタ、
何がしたいわけ?


態度は横柄で乱暴なんだけど、
どこか憎めない。


TVで綴られてる芹沢さんって、
もっと短気で、喧嘩っぱやくて
乱暴者っほかったんだけど。


私の目の前に居る、
芹沢さんは……芹沢さんって言うよりは
私の中では、もう鴨ちゃん。



流石に本人の前で
まだ言ったことはないけどね。


小姓として連れてこられたはずなのに
私がこの場所で最初に与えられたのは自分の部屋。


部屋って言えるほど大層な空間でもないけれど、
限りある部屋の中で、
私だけの居場所をきっちりと作ってくれる。


そして、そんな私の京での生活を
手助けてしてくれてる人が、お梅さん。


歴史の中では芹沢さんの愛人的存在。


だけど……ここで私が見る二人は
なんか仲睦まじい夫婦にも近い関係で。



「おぉ、瑠花。
 起きてたか?」


いきなり声が聞こえて障子が開く。


声の主で……鴨ちゃんだってことは
わかってる。



「はいっ」

「出掛けるぞ。
 梅に支度して貰え。
 早くしろよ」」




そう言って部屋をすぐに
出て行ってしまう。




「おはよう、瑠花ちゃん。

 芹沢さんも、
 せっかちなお人やねー」



笑いながら屏風を畳んで、
両手に着物を持って姿を見せるお梅さん。



「お梅さん、
 おはようございます」



花桜と違って和の心得なんてない私は、
この時代に来るまで着物とは縁がなかった。


当初、着物を着ることすら出来なかった
私を見て大笑いした二人だったけど、
今では、不恰好ながらも一人の時は
着つけられるようになった。

だけど……今度は髪結いが出来ない。



何せ、この時代に来て最初に袖を通した和服は、
着物は死に装束。

髪型は夜会巻。

帯はどうしていいかわからなくて、
ウエストにグルグル巻きにして、
リボン結びに前でしただけ。

見よう見まねで着物を着て
二人の前に出れたと思ったら大笑い。


そんな服装で接待する遊女も知らんなんて
言われる始末。


そんなこんなで、お梅さんに
一応、着付けと帯結びの入門分だけ教えて貰って
今に至る。



とりあえず今日も今から出掛けるみたい。

だけど着物って、
歩きにくいんだよね。


だからこの家の中で過ごす間は、
わざと丈を短めにして、
気合の生足をさらして着つけてみる。


そんな破天荒な私の着方が鴨ちゃんは
よっぽと面白かったのか、
時折、簪やお菓子を貢いでくれる。



お酒の席で聞いてくるのは、
鴨ちゃんが月と呼ぶ、私が過ごした現代の話ばかり。


あのめちゃくちゃな着方が月の着付けって
わけでもないんだけど、
いいような悪いような、鴨ちゃんは勝手に勘違いしてくれてる。



「はいっ。
 おしまい」




いつの間にか着替えが終わって、
簪をさしてもらうとお梅さんが優しくそう言った。



「瑠花ちゃんの最初の着付け方は面白いものやったけど、
 この現世の着方も板についてきたわね」

「お梅さんが毎日、教えてくれるから」




こんな風に……ここに来て数か月の間に
私にとっては、お梅さんはお姉さんみたいな
存在になりつつある。



たけど……私は知ってる……。










こんなに私に優しくしてくれる二人も、
土方さんたちに殺される運命にあるってことを。





鴨が鍋になるなんて
バカみたい。



鍋になって良いダシ出して
美味しくなりましたって言っても……
そこに……生きてる貴方はいないじゃい?




鴨ちゃん。






ねぇ、私どうしたらいい?





「瑠花ちゃん
 芹沢はん、待ってるよ」



優しく声をかけてくれた
お梅さんに連れられて鴨ちゃんたちと
京の町を歩いていく。



決してマナーがいいとは言えない
鴨ちゃん。



金策に明け暮れて、
押し入っては暴れて。



鴨ちゃんたちが歩いて行った後には、
ずっと何かの騒動が付いて回る。



京の町の人は、私たちの姿を見ると、
こそこそこと壁に隠れて、ひそひそと陰口を叩く。



それでも鴨ちゃんはお構いなしに
今日も大暴れ。



こんな横暴な振る舞いが
続きだした後だったよね。



大和屋放火事件。



何時起きるんだろう。






なまじ、歴史が好きでいろいろと覚えてるだけに
こういう時は、どうやっていいのかわからなくなる。



私が本当に鴨ちゃんが思ってるみたいに
月から来ていて、今、ここで何をしても
現代の歴史が変わらない保証があるなら
私は何をしてでも鴨ちゃんを生き延びさせてあげたい。


ドラマの中の鴨ちゃんは悪者な感じが多かったけど
本当は……そんなんじゃなかったから。


そんな危惧を抱きながら
さらに過ごし続けた数日後。


覚悟していたその日は突然やってきた。








その日……お金を借りるために
向かった大和屋。




だけど店主は渋って鴨ちゃんに
お金は貸さない。





隣に居たはずの鴨ちゃんは、
途端に店内で大暴れ。



足が届く範囲のものは蹴り飛ばして……
そのお店に居る人たちに八つ当たりする。



その場で震えあがる
私を背中に守りながら。





鉄扇で舞うように戦う、
その流れるような戦い方に、
思わず見惚れそうになる。



暴れるだけ暴れ終わった鴨ちゃんが、
私や友のものを連れて大和屋を出たとき、
何処からか火矢が放たれて大和屋に炎が上がっていく。


次々と弧を描いて突き刺さって火を広げていく
それを見て、鴨ちゃんは面白そうに不敵な笑みを向ける。






えっ?




何するの?






「おいっ、お前ら。
 
 もっと火を持って来い」



お供の隊士たちに命じたかと思うと、
鴨ちゃんは、着物を翻して大和屋の前に居並ぶ。


騒ぎを聞きつけて、
駆け寄ってくる野次馬たちを前に大きく言い放った。



「壬生浪士組局長、芹沢鴨。

 大和屋庄兵衛、この者は不当な交易において、
 財をなし市場においての生糸高騰の原因を担いしもの。
 国外と手を結び、民の生活を脅かす大和屋を成敗するものなり」




大声で宣言して、その炎に包まれた
屋敷の前で腕を組んで仁王立ちし続けた。



騒ぎを受けて、駆けつけてきた
久しぶりに姿を見た土方さんたちを制して。




ちょっと……鴨ちゃん、
アンタ馬鹿でしょ。





大馬鹿ものじゃない。





大和屋が燃えて行くのを感じながら、
私は崩れ落ちて声を殺して泣いた……。





歴史を知ってても、
未来を知ってても、
私は……今を知らない……。





「瑠花、帰るぞ」





どれほどの時間が過ぎた後だろう。



今も大和屋の炎が燃え盛る中、
鴨ちゃんに声をかけられるままに
フラフラとその体を立ち上がらせる。


鴨ちゃんの腕の中に包まれるように、
守られるように、
その場所をゆっくりと後にした。





私……どうしたらいい?





この不器用な大馬鹿ものを。



ねぇ……神様。

神様がいるなら教えてよ。





歴史を変えてもいいですか?




御殿場から山を越えて辿りついた京。



京で寝泊まりする宿に入ってすぐ、
義助さんと、晋作さんは長州藩の藩邸へと
出掛けて行った。




大事な話があるから、
私にはここに居なさいっと言葉を残して。



最初は……言われるままに、
おとなしく、宿に居たんだけど
一人でいる時間は退屈で。




ふと……布袋に納めてある
御殿場の宿で働かせて貰った時の
収入を見つめる。


このお金で何が変えるかなんて
わからないけど……二人に何か、
プレゼントを送れるのは今しかなくて。



私は着替えを済ませると
一人で、初めての京へと飛び出した。



京では……不逞浪士が
大和屋を焼き払う物騒な事件が起きたばかりらしく
空気がピリピリと張りつめていた。


義助さんと晋作さんに
何をあげたら喜んでもらえるかな?




叶うなら、
ずっと長く使ってもらえる
物が嬉しいんだけどなー。




行き交う人々を見送りながら
一軒一軒、気になるお店を覗いていく。