約束の大空 1 【第1幕、2幕完結】 ※ 約束の大空・2に続く




少ない近藤部隊を更に裏門を守る側と、
正面から切り込む側に素早く分けられる。


安藤さん、奥沢さん、新田さんらは
近藤さんの指示の後、裏門側へと移動していった。



「山波君。覚悟はいいか?
 ここから先は戦になる。

 歳たちが合流するまで斬り捨てで構わん。

 突入する」


近藤さんに問われた言葉に頷くと、
沖田さんと藤堂さんが池田屋のドアを開け放つ。


「主人はいるか?

 会津藩お預かり、新選組。
 宿改めである」


開け放った途端に、
あの有名な事件が目前で映し出される。



奥からゆっくりと顔を出した主人は
ゆっくりと会話をするように時間を稼いでいく。



その時、部屋の周囲を物色していた
沖田さんが、布を引きづり落とす。



「近藤さん」



武器を確認した近藤さんは、
二階へと続く階段を静かに歩いていく。



それに続く沖田さん。






途端に二階の方が騒がしくなって、
刀と刀がぶつかり合う音が耳につき始めた。





私も殺らなきゃ。






殺らなきゃ、帰れない。




沖影力を貸して……。




そう念じて、沖影を鞘から抜き放つと
二階から飛び降りてくる羽織を着ていない人たちを
目がけて、切り込んでいく。



「平助、お前はこっちを任せた。
 俺は庭に出て蹴散らす」



そう言うと、永倉さんはすぐに庭へと飛び出していく。


私も必死に沖影で必死に刀と刀をぶつけ合っていく。


その時、背後で藤堂さんの額から血が吹き出す。



「藤堂さん」



叫びながら、目の前の人の腹部を
真正面から一突きにして沖影を抜き取ると、
返り血を衣に浴びながら目だけを覆う。


目に血が入ったら見えなくなる。


藤堂さんがやられた一説には鉢金がずれて、
視界が遮られたところに額を斬られて
その血が目の中に入ったって綴られてる文献もあった。



返り血から目だけを庇って、
そのまま二階へと駆け上がっていく。



二階からは、入れ替わりで
階下へ降りていく近藤さんの姿。





敵と向き合いながら、
両者、刀と刀を向き合わせながら
一歩も許さない、沖田さんと敵方浪士。




沖田さんと戦ったとされてた人……。
確か吉田って名前だったかな?


あと一人は誰?





睨みあう、三人。




一瞬のうちに、刀と刀がぶつかり合う音が聞こえて
そのまま吉田って人が倒れ、沖田さんもフラフラと
体をよろめかせてぶっ倒れた。



斬り捨てられた一人。



そして、倒れながらも沖田さんが倒れたのを見て
私に剣を向ける一人。



私も剣を握りなおして、その人に切り込んでいくと、
その人は二階から屋根伝いに外へと飛び出した。



逃げたその人を深追いすることなく、
すぐに瑠花がいってたように
沖田さんの傍へと近づく。




「沖田さん?」






汗が吹き出し、青白い皮膚の色を見せて
倒れている沖田さん。




TVで映ってるみたいに、
吐血したわけじゃなさそう。





瑠花、沖田さん大丈夫そうだよ。





そう思いながら、懐に忍ばせてあった
塩をゆっくりと取り出して
沖田さんの口の中に少しふくませた。




ポカリとかあったらいいのに。





二階から下を見下ろすと、
そこには別行動していた土方隊が合流して
池田屋事件は終幕を迎えたみたいだった。





土方隊が到着してから、
新選組は「斬り捨て」から「捕縛」へと指令が変更。


九名打ち取り。四名の捕縛。







すると階下から、
二階へと駆け上がってくる足音。







「山波、総司」




そう言って駆け上がってきたその人に、
私は「大丈夫です」っと呟いた。




「総司はどうした?」

「多分、この暑さにやられたんだと思います。
 私の世界でも、この時期は倒れる人が多いの。

 剣道の防具の中なんて、拷問で。

 人が生きて行くために必要な塩分が
 なくなっちゃうんです。

 それで体温が調整できなくなる。

 塩を沖田さんの口の中にいれました。
 ポカリがあればいんだけど。

 ないから……とりあえず塩。

 お水と砂糖が手に入れば、
 経口補水液が作れます。
 
 それを飲ませれば、
 もう少し落ち着くと思うんだけど」




そう言うと土方さんはすぐに
言われたものを集めてくれた。




えっ?



信じてくれたの?






嬉しいような、気味が悪いような。






そんな複雑な心理の中、
山崎さんがすぐに駆けつけて来てくれて、
私は経口補水液を沖田さんにゆっくりとふくませた。









翌日の昼時。


私はすべてが片付いた池田屋から
新選組のメンバーと屯所へと向かう。





新選組の旗に、
だんだら羽織を翻しながら。






負傷した隊士たちは、
戸板に寝かせて運びながら。





今も戸板で横になってる
沖田さんの隣を、
私もゆっくりと歩いた。



ただその中に、
舞の姿だけはなかった。




京の人たちのひそひそ話と、
見世物をみるような目が
私たちに突き刺さっていく。





歴史的に大きなこの事件は、
私たちの思い通りに、
変えられることもなかった。








この時代の事件は
大きな何かに操られているみたいに
未来で教えられた歴史通り
時を刻み続けていた。












池田屋事件当日。


花桜と舞は土方隊として総司は、
史実通りに近藤隊として屯所を後にした。


シーンと静まり返った屯所内。


屯所を照らす、篝火の炎だけがやけに赤々と視界にとまる。


屯所内の警備も、留守番役の隊士たちががっちりと固め
どんな状況になっても対応できるように
張詰めた空気が漂っていた。


そんな中、ただ待ち続ける時間は長すぎて
時間を弄んでしまう。


一人部屋に居ても、気になるのは総司の事ばかり。



総司が倒れる未来を知りながら、
池田屋に送り出すことしかできなかった。


花桜に全てを託して、
一緒に同伴する道も選べなかった。



私が行きたいって言ったら、
近藤さんや土方さんたちからの反対は
大きかったと思う。


だけどそれ以上に、
総司に負担をかけたくなかったから。



そして私が一緒に行くことによって、
総司がその場で、その命が奪われてしまうかも知れない
未来が訪れることが凄く怖かった。




私が居なかったら、
足手まといになる人はいないはずだから。





だから倒れても、総司の命が奪われることなく
またこの場所に帰って来てくれると思いたかったから。



その命を助けたい。
守りたい。



だけど……史実よりも早く、
その命が尽きることはどうしても避けたかったから。



剣も何も出来ない私が、
その場所に行くことはやりたくなかった。





そう……。




私がこの場所に居ることによって、
巻き添えになって消えてしまった
犠牲になることのなかった命。



その命を奪ってしまった、
苦い経験は今も私の心に
ズッシリと痛みを残し続けているから。




だけど総司を守るために、
屯所に残ったって自分の中では思っていても、
やっぱり待つ時間は辛い。



一分、一秒がとても長くて、一人、部屋に閉じこもってみても
脳裏に過るのは、総司が命を落としそうになる不吉なビジョンばかり。


眠ることも出来ず、必死に精神を平常に立て直そうと試みるものの
私の思い通りにはなってくれない、自分の心。



総司が、何時帰ってくるって言うのが
史実と同じなら想像はつくけれどだけどそれもまた確実じゃない。


私がその時代を経験して、
同じ時間を繰り返して生きてるわけじゃないから。


何時帰ってくるかも知れないのに、
屯所を離れて、鴨ちゃんと梅さんの
お墓に拠り所を求めることも出来なかった。




どうすることも出来ない私自身を
何とか保たせる方法として考え付いたのはただ一つ。





何も考えなくてもいいように、
体を動かし続けること。




池田屋から帰ってきた人たちが、
綺麗に磨かれた清潔な屯所内で休めますように。



池田屋から帰ってきた人たちに、
美味しいご飯を食べて欲しいから。





大義名分っぽく、池田屋で戦い続ける人たちの為と
理由をこじつけて震える心を押し殺して体を動かす。



井戸から汲み上げた水を桶にいれて、
水ぶきで、畳から床からすべてをぞうきん掛けしていく。



単純な作業を何度も何度も繰り返しながら、
ただその作業だけに意識を集中させていく。



その不安をかき消すように。



床を磨いて、襖の埃をはらって。


ただ無心に体だけを動かし続け立ち止まる間もなく、
掃除道具を片付けて、炊事場に行こうと立ち上がった時、
掃除を続ける私に、視線を向けていた留守番組の隊士たちが、
『山南総長』っと次々と声を出していく。




山南さん?





慌てて、隊士たちの視線の先へと私も視線を動かす。





そこには少し痩せたように映るその人が、
今も想い通りに動かないのであろう腕を庇うように吊り、
真っ白い着物を着た上からもう一枚の着物を肩から羽織っただけの
姿で真っ直ぐに私を捕えていた。




「岩倉君」



そう言って珍しく名を呼ぶ山南さん。



ビクっと体が硬直したかのように緊張が走っていく。



ただ名前を呼ばれただけなのに、
そこにいるその人は、その場所から
心だけは池田屋事件を共にしているような気が漂っていた。




「止めないで。
 これは待つ者の戦いなの。

 私は私の祈りで総司を守りたい。

 だけど不安と恐怖で折れそうな私の心を守りたいの。

 だったら、清めて磨き上げなきゃ。
 願掛けなの。 


 信じてるの。

 だから私は、この場所で私が出来ることをするの。 

 そう決めたの。

 花桜と舞が帰ってきたら、雑務することなく休めるでしょ?
 総司が帰ってきたら、部屋が綺麗だとゆっくり休めるでしょ?

 疲れた体に染みわたる美味しいご飯も作って、
 私は私に出来ることをして待ってるの」



名前を呼んだあと何も言ってこない山南さんに、
私は思いを吐き出すように、
今の私自身の行動を正当化するように訴え続ける。




だって……そうでもしないと……
私が壊れてしまいそう。





歴史を知っていても、
その歴史通りの事が今も起こるかなんて
誰も知らない。



どれだけ歴史を知っていても、
これから私が知る出来事が、
私の知識通りに運ぶなんて保証は
何処にもないって事に
気が付いてしまったから……。





そして……思った……。





待ち続けるだけの人は大変だなーって。




ドラマの中では、待つだけの人は
殆ど描かれることはない。



だから……自分がその立場になるまで、
気付こうともしなかった。



その立場を知ってしまったから。





待ってる者もまた……
その時間は、戦と同じなのだと言う真実。


決して目立つことのない、
一人だけの孤独な戦い。



待つ人が帰ってくるまで、
決して終わることのない見えない戦い。







誰にもわからないんだから。




私のこんな不安な心なんて。






そう思って自分の行動を今以上に自分の中で、
正当化させて行こうとした時、
目の前のその人は、ゆっくりと口を開いた。




「待つ身は貴女一人ではありませんよ。

 貴女が総司の事を本当に思うのであれば
 少しでも体を休めることです。

 総司が帰って来て安らげるように。

 花桜君が帰って来て貴女と今を感じあえるように」





一刀両断的に突き付けられた言葉。




待つ身は私だけじゃない。







その言葉に、
私も少しだけ周囲に意識が向けられるようになる。





山南さん。



池田屋事件に出陣していない彼は
表舞台でなかなかドラマとかでも
取り上げられることはないけれど、 
それでも腕を負傷して待ち続ける彼自身も
私と同じように、不安な気持ちを押し隠して
戦っているのだと感じた。




花桜が羽織ってた、
だんだら模様の羽織。



その羽織は山南さんから託されたもの。




もしかして……山南さんも花桜と一緒に
ずっと戦い続けてるのかも知れない。





山南さんは、声を荒げることなく
真っ直ぐに私の視線を捕えて、
ゆっくりといろんなことを考えさせてくれる。





狭すぎる視野を一刀する観察力。





「岩倉君、貴女は自室へ戻りなさい。

 四国屋にしろ、池田屋にしろ
 新選組の行いを良しと思わぬものが、
 屯所を襲撃しないとも限らない。

 今は主な幹部が出払っています。

 他の者たちは、この後も警戒を怠らぬように」




「はい」





山南さんの言葉に次々と返事をする隊士たちは、
それぞれの持ち場へとキビキビと動き始めた。






『池田屋事件』



新選組の歴史を語るに大きすぎる一大事件。



屯所に残された者たちの名もまた、
後世に語り続けられているものではない。


選ばれなかった隊士たちは、
何故、自分たちが留守番役になってしまったのか
自暴自棄になってるものも居たかもしれない。



新選組の中で存在意義を見出せなくなってしまっていたかも知れない
彼らにも山南さんのその言葉は大きく届いたかもしれない。




響いたかもしれない。






隊士の声をきいて、笑みを浮かべると
山南さんはゆっくりと真っ暗な夜空を見上げて
何処かへと歩きだした。



そんな山南さんを見送って、
私も自分の部屋へと戻る。






先ほどまで体を動かし続けたのも
一因にあるのかもしれないけど
布団の中に体を横たえると、
私の意識はそのまま眠りの中へと吸い込まれていった。










翌朝、いつもと同じように目が覚めると
花桜や舞の代わりに、炊事場へと赴いて
朝餉の支度をして、隊士たちへと食事を勧める。


そして、帰ってくるであろう隊士たちを迎える為に
食事の準備を進める。


近所の人から、分けて貰った
新鮮な京野菜を使って作る浅漬け。



そしておむすび。




午後、屯所内が慌ただしくなった。


それを受けて、私も慌てて
裸足のまま中庭へと飛び出す。







血だらけのだんだらの羽織。



大空に雄々とたなびく新選組の旗。



そして隊列を組んで、
屯所まで帰ってきた人たち。





その人たちは、屯所に帰ってきた途端に、
次々と用意していたお茶を飲んだり、
ご飯を食べたりとそれぞれの時間を過ごしている。




だけどまだ……総司の姿はない。





総司を迎えに行くように、屯所を飛び出して
隊列を逆走していった先、戸板らしきものに寝かされて、
ぐったりとしている総司の姿が視界に映る。



その隣には花桜が寄り添うように歩いているけど、
花桜の様子が何故かいつもと違って見えた。



そしてその隊列の中に一緒に屯所を出たはずの、
舞は何処にもいない。





「花桜……」




ようやく紡ぎだせた言葉は、
花桜の名前だけ。




花桜は一瞬だけ私の顔をチラリと見つめると、
屯所に戻った途端に、足早に何処かへと走り去った。





花桜を追いかけることも出来ないまま、
戸板に寝かされて運ばれている
総司について、総司の部屋へと向かう。



総司の布団を敷いて、
着替えを手伝って……。




花桜が作ったらしい、
経口補水液を今も時折、口に含ませながら
汲んできた井戸水で、
熱い体を拭いて気化させていく。






お帰りなさい
……総司……。









総司が帰って来てくれた。







それがこんなにも私にとって現実的で、
大きな出来事になってるなんて想いもしなかった。






そして……今の総司の様子から、
池田屋で倒れた総司の原因が、
労咳ではないことがわかって内心ほっとしてる。








叶うなら総司だけでも助けたい。






この先、総司の身に起こる
出来事はあまりにも、過酷すぎるから。






そんな彼の心も、
彼の体も抱きしめて守ってあげたいから。










この世界に留まり続ける間は、
私の身に必ず、
訪れ続ける待つ者の戦。





その戦は……
あまりにも辛すぎるから。










舞や花桜のことが気になりながらも、
やっぱり私は、
今は総司の傍から離れることが出来ないでいた。




桂さんに続いて中に入ることが許された武家屋敷。

その場所は、私にとって居心地がいいと
思える場所ではなかった。


何故なら、その場所には私が新選組と
行動を共にしていたことを知る人たちが居たから。


桂さんの後ろを歩いているから、
すぐにどうこうってことにはならないと思うけど
だけど屋敷の中を歩いていく私に向けられる視線は
友好的な雰囲気など持ち合わせていない。



それぞれに刀の柄に手を添える素振りを見せながら
睨みつける視線。



その視線には、いろんな思いが込められているような
感じがするけれど、それに理解を示したいと思えるほど、
私の心境もゆとりがあるものじゃなかった。




そこへ、一人の門番が駆け込んでくる。





「桂さん、池田屋が新選組によって襲撃されました。
 池田屋から逃げてきた望月が表で助けを求めています」




ヤバすぎるでしょ。



池田屋の新選組襲撃。


門番が告げたその報告に、
刀を解き放ったその場の人たちの視線が
一斉に私に集まる。



一触即発になりそうな緊張が高まった空気を
おさめるように、言葉を放ったのは
目の前に居る桂さんだった。



「門を閉ざせ。

 我藩は今回の一件に一切関与しない。
 君たちも、その剣を納めたまえ。

 彼女は、高杉の来客。
 手出しすることは許さぬ」



そう言い放った桂さんの言葉に
今も納得出来ないと言いたげな表情を見せながら
刀を納めていく。




それ以上は、誰も一言も言葉を発することないまま
時間だけが過ぎていく。


桂さんもまた静かに目を閉じて
何かを思っているみたいだった。




そんな桂さんとは別に、その場に居た浪士たちは、
門の方へと視線が向けられている。




多分、助けることが出来なくなった
自分たちの仲間のことを考えているのだろうと推測できた。



張りつめ続ける空気に居場所を見出すことが出来ない私は、
必然的に壁際の部屋の片隅で一人、
体育座りで体を小さくすることしか出来なかった。