約束の大空 1 【第1幕、2幕完結】 ※ 約束の大空・2に続く




花桜が行って、舞が行く。

現場に行かないのは、
私だけか……。



でも私には、私の戦がある。



そうやって話しているさなか、
炊事場に顔を出したのは、
険しい顔をした土方さん。





「山波居るか?」




花桜を呼びに来た土方さんに
勇気を出して話しかける。



「あっ、あの。

 土方さん……、話があります。
 お時間頂けますか?」


真っ直ぐに視線を向けようとするだけで、
その目力に思わず背けたくなる。

だけど……
今、ここで背けちゃいけない。


「岩倉、話しは向こうでいいか?」



えっ?



てっきり、『てめぇと話すことはない』っとか
言われると思ってた私は土方さんの返事に拍子抜け。



「をいっ、岩倉。
 話すのか?話さないのか?
 俺も忙しいんだ」


イライラ感を募らせた土方さんに、
私は慌てて、
「行きます」っと返事を返した。




舞をまた炊事場において、
花桜と二人、土方さんの後をついていく。


ついて行って通された部屋は、
めったに会うことのない、
近藤さんのいる部屋だった。





「近藤さん、
 山波と岩倉を連れてきた」




そう言うと、土方さんはスタスタと
近藤さんの隣に腰をおろす。



「失礼します」
「お邪魔します」


そうやって二人、
それぞれに声を出して
部屋の中に入ると、
促された場所に座った。





「山波くん、その羽織は?」

「山南さんの羽織です。
 私も連れて行ってください」




近藤さんに向かって、
そうやって言い切る花桜。



「連れて行くって言っても俺らは遊びに行くわけじゃない。
 足手まといは必要ねェ。

 てめぇに人が斬れるのか?」



次に向けられる
土方さんからの言葉の刃。




「人を斬るしか手段がないなら
 迷わず、この沖影を振るいます。

 私はこの世界に生きていくことを
 決めたから。 

 お二人が許可をしてくれなくとも、
 私の決意は変わりません。

 邪魔なら、足手まといなら
 私事斬り捨ててください」




そうやって言い切った花桜に
目の前の土方さんは少し笑ったような気がした。



「歳の許可も出たみたいだな。

 山波くん、歳の傍で君がやりたいように
 見届けなさい。

 ただし、危ないことはしないこと」



危ないことはしないことって、
近藤さん。


刀持って斬りあいにいってる事態
すでに危ないじゃん。



そんな突っ込みも出来るわけもなく……。




「岩倉くんだったね。
 君の話は?」



次に向けられた話題。



話さなきゃ。



話すことが私の戦。




「近藤さんも土方さんもご存じの通り、
 私と花桜と舞は、未来から来ました。

 未来にはこの世界の時を綴ってる書物が
 沢山あって、貴方たち新選組も凄く人気なんです。

 アニメとかテレビドラマとか。
 って言ってもわかんないかも知れないけど、
 新選組をテーマに作られた作品が数多くあります。

 つまり、この時間に起きる出来事を私たちは知ってるんです。

 これから起こる出来事は後の世で『池田屋事件』として
 伝え残るものだと思います。

 監察方の人たちが調査しているのは池田屋と四国屋。

 違いますか?」



ゆっくりと切り出した私に、
土方さんの表情がビクリと一瞬強張った。



「彼らが会合をするのは池田屋。

 当初、部隊を三分していた為池田屋に真っ先に入るのは、
 近藤隊。

 近藤隊は、土方隊・松原隊が到着するまで
 激戦状態になります。

 その中で、藤堂さんは額を斬られる大怪我する。

 近藤さんも何度も危機的状況に陥ることになる。

 そして……総司も……沖田さんも倒れる。

 
 新選組側も沢山の死者や負傷者が出るんです。
 そんな命を守りたいから。

 だから……」




そうやって必死に伝える私に、
花桜が肩にそっと手を添えてくれる。


震えだす体が、
花桜の温もりで少しずつおさまっていく。



「悪いが、その未来に確証は確か?

 俺たちの知らない遠い未来を
 経験してきたのかも知らねぇ。

 だがその事実が必ずしも起きるとは
 限らねぇんじゃねぇか?

 現にお前たちが来たことで、
 狂い始めた事実もあるんだろう?」




そう問い詰めるように吐き出された言葉に
私も花桜も言い返せる言葉が見つからなかった。





「だが岩倉、山波。

 お前らが語った未来予想も頭の片隅にはおいてやる。
 だからと言って、俺たちも俺たちのやり方で戦うまでだ」




そうこう言ってる間に、
音もなく山崎さんが土方さんの傍に降りてくる。




山崎さんは土方さんに何かを伝えると
花桜に視線を向けてすぐに仕事へと戻っていった。





「編成を発表する」



スクっと立ち上がって
そう言うと、土方さんは部屋を出て
隊士たちが集まる場所へと姿を見せる。


そこには近藤さんと、
土方さんが中心になって
動き出していく、新たな新選組の形が
はっきりと見えた。




『近藤隊』




そう言って発表されたのは、

近藤さん、総司、永倉さん、藤堂さん。
武田さん他 総勢10名。



『土方隊』


続けられた名前は、

土方さん・井上さん・斎藤さん。
原田さん・島田さん、
そして花桜と舞他、総勢24名。



最後……

『松原隊』

松原忠司・佐々木蔵之助・
近藤周平他、総勢12名。





編成が発表されて、
ますます緊張感が高まっていく屯所内。





いつの間にか、斎藤さんの傍には
腰に剣をさして、武装した舞も姿を見せた。




額には……
真っ白なハチマキをつけて。






「総司……」




歴史は変わらない。


総司は、歴史通り
近藤さんの部隊に配属された。




「行ってくるよ。
 瑠花」




そうやって笑いかける総司。





「総司……気を付けて。

 貴方を想って祈るから……。
 だからどうか御無事で」





そうやって、
総司の胸元に顔を埋めて呟いた。





時は過ぎていく。






出陣の刻限。


それぞれの隊ににわかれて、
次々と屯所を後にしていく皆を
私は祈る思いで見送り続けた。









どうか御無事で……。












屯所を出た私は、花桜と一緒に土方隊の隊士たちと
四国屋の方へ向かう。


四国屋へ向かう道中も、花桜は、土方さんに食いつくように
何度も何度も、『池田屋だっているってるでしょ』って
怒鳴りあってた。


そんな花桜の声を黙らせようと、
土方さんは顔の口に手をあてる。


もごもごと、
伝えられなくなった声。




「おいっ。
 加賀、コイツを黙らせろ。

 他の隊士の邪魔になる」




そうやって、土方さんは
花桜の体を投げよこすように
私の方へ預けた。



隊士の列の最後尾。



私の隣を歩く、
花桜は今も機嫌が悪い。



「あのわからずや。
 どうしてくれよう。

 ちょっとさ、私思うんだけど
 時代劇って、あの人美化しすぎだよ。

 あの堅物、頑固親父っ!!」


「頑固親父って、花桜……」


「私、池田屋に行く。
 瑠花と約束したの。

 沖田さんの傍に居るって、
 だから……どうにかして、離れよう?

 この時代に来て、ずっと私たちは蚊帳の外。

 よそ者だって、この時間にこんなにも
 長く関わってるんだよ。

 ちゃんと……生きたいよ」



噛みしめるように、
花桜は声を震わせながら吐き出した。



「花桜…… 花桜は……現代にいる、
 お父さんや、お母さん。

 師匠や、おばあ様に
 逢えなくなってもいいの?

 蚊帳の外だと危険は少ないよ。

 あの人たちと一緒に行動して、
 隣に立つって言うのは現代に帰れなく危険もある。

 それでもいいの?」



現代には、花桜の従兄弟である
敬里(としざと)がいる。


敬里は……花桜が好きなんだよ。



花桜はそんな気持ち、
鈍感すぎて何も気が付いてないけど……。




「帰る為に戦うの。

 これはこの世界に留まるための戦いじゃない。
 
 私の世界に帰るための戦いだから。

 三人で帰るって言った最初の誓いは忘れてないよ」




花桜はそう言うと、沖影と言う名前らしい家宝の刀に
そっと手を伸ばして山南さんからの羽織だと言っていた
だんだら羽織にゆっくりと触れた。



「だったら、
 この隊を離れなきゃ」




義兄を説得することは出来なかった。



だったら晋兄を見つけださなきゃ。


晋兄なら、義兄を説得してくれるかも知れない。



一途の望みはまだ消えてない。





歴史を変えたいって言う夢も……。




『歴史を変えたい?』





それは誰の夢?





私……それとも、
記憶の中の……貴女?




ふいに浮かんだ言葉に脳裏に蘇った謎。



慌ててその疑問をかき消すかのように首を振った。




「舞?どうかしたの?」




心配そうに覗き込む花桜。





その時、草履の鼻緒がブチっと突然切れた。



立ち止まった私はゆっくりと屈みこむ。



「舞?」


立ち止まった私と花桜。





土方さんたちは気が付かずに、
京の町を歩いてる。




今なら逃げれる?
隊を離れられる?





鼻緒が切れた
草履では走りづらい。


だけど草履を
脱ぎ捨てて走れば……。






「花桜」




そうやって花桜の名前を
呼んでアイコンタクト。




目の前に歩いていく隊士たちの行動を見据えて、
二人、家屋と家屋の間の細い道へと姿を隠した。








「花桜、ごめん。
 池田屋、一緒にいけない。

 私は行きたいところがあるの」


「うん。
 大丈夫、また後で」




花桜は瑠花の想いを抱えて、
勢いよく池田屋の方へと駆けだしていく。



私もまた、草履を脱ぎ捨てて
晋兄を探しに行こうと覚悟を決めた時、
キラリと光る剣の切っ先が
私の視界に入り反射的に閉じられる目。



思わず硬直する体。



そのキラリと光った剣筋を見て、
慌てたように離れていく複数の足音。




えっ?




目を開けるとそこには、
土方隊として行動しているはずの
斎藤さんが、静かに刀を鞘へと納めていた。




「斎藤さん……」



その人は、懐から取り出した
布をビリビリと引き裂くと
無言で私の草履の鼻緒をなおしていく。




「これでいい」




促されるように、
もう一度草履に足をいれる。



「加賀には俺の用事を頼んだと
 副長に言っておこう」




彼はそう言うと、何も見えなかったように
土方さんたちの元へと戻っていった。 





大丈夫……。




歴史上、彼は今死ぬ人じゃない。






走り去った背中に静かに
お辞儀をして、私は晋兄を探して
京の町を走り回る。








池田屋事件。


池田屋事件が
起きる時間って何時ごろだった?




あぁ、なんでこんな時
すぐに答えが出てこないんだろう。



今、何時?



灯りがないと周囲を見ることが
出来ないくらい
視界が悪い夜道。




神経を研ぎ澄まして、
足音を聞き分けていく。






いつの間にか藩の
お屋敷らしき大きな建物が
立ち並ぶ場所へと迷い込んだ。





それぞれの屋敷門を警護する
武士たちの視線が私に向けられる。




新選組の羽織は着ていない。
真っ白いハチマキもとった。





ただ私の姿が、町娘の衣装ではなくて
着物に袴をあわせてる。




そんな小娘が、お屋敷通りを歩いてるんだから
疑われてもおかしくない。






だけど……お屋敷通りなら、
晋兄に会えるかもしれない。





疑われるのを承知で、
探るように晋兄の姿を探す。




その時、暗闇の中息を潜めるように
身を潜めていたらしい誰かが
背後から私の体を引き寄せる。




背後から抱きとめられたような
格好になった私の喉元には、
小さな短剣が添えられている。




「何者だ。
 何故、この辺りをうろつく?」



静かな囁き声で、
耳元に告げられる言葉。



その言葉を呟きながらも、
その人は肩で息をしているのが
視界にとまった。




「人を探してるの。
 私の大切なお兄ちゃん」



お兄ちゃんって言ったのは、
間違いじゃないよね。


晋兄は晋兄だもん。




次に耳に届いた複数の足音。





その音が聞こえるたびに、
その人が背後から私に込める力が強くなっていく。



「何?」

「黙ってろ。
 悪いようにはしない」



そう囁いたその人は、
私の両腕を後ろ手に紐らしきもので
素早く縛ると、私の刀を抜き取り、
庇うように身をかがめた。



近づいてくる
足音は今も緩む気配はない。




後少し、足音を聞きながらそう思った時、
目の前に居るその人が、
剣を握りなおしているのが視界に入った。



斬りあう気なんだ。




覚悟を決めて、その瞬間に備える。





近づいた足音は、
その人の前でピタリと止まって、

『桂先生』と言葉を発した。




桂先生?




聞き覚えのある名前に、
私はその人の顔を暗闇の中
じっくりと確認しようと試みる。


桂小五郎。




「あの……。

 桂先生って、桂小五郎?
 晋兄と義兄が話してた……。

 私、舞です。

 御殿場の旅の時、一緒に同行した
 舞です。

 名前聞いたことないですか?」



縋るような気持ちで、
声をかける。




「晋作と久坂を知る者。
 君が僕に何用かな?」



静かに告げられた声。




「逢いたいんです。

 晋兄に……だけど長州の人たちは京から締め出されて
 大っぴらに声を出して探せないから。

 晋兄たちから名前を聞いたことがある人を
 探してたんです」




直接、名前を聞いたわけじゃないけど
桂さん。



貴方だけが今の私を
晋兄に結び付けてくれた人だから。





「桂さん。
 池田屋が……」



そう告げられた言葉に、
新選組が池田屋に踏み込んだのだと知った。



歴史は変わることなく、
進み続けてるのだと。





「ここは危ない。
 君もついてきなさい」



桂さんはそう告げると、
私の腕をくくっていた紐をほどく。




「長州が京においてどういう状況下にあるかは
 君も知ってるの通りだ。

 少し安全な所へ逃げる。
 君も来なさい」




告げられるままに、私は桂さんたちと、
闇に紛れるようにお屋敷通りを駆け抜けると
何処かの大きな屋敷内へと身を潜めた。







晋兄……。








もうすぐ貴方に会える。
そう信じていいよね。