約束の大空 1 【第1幕、2幕完結】 ※ 約束の大空・2に続く




思い浮かんだビションを払拭するように
全否定する私の心。



枕元には、何時でも食べれるようにと花桜と瑠花が、
準備してくれたらしいおにぎりが用意されていた。


ちょうど正直なお腹は、
グーと音を鳴らしそのおにぎりに手を伸ばして、
ゆっくりと頬ばった。



具も何も入っていない、
ただの塩おむすび。




だけど……とても優しい味がした。



ご飯を食べ終えると、
自分の部屋からゆっくりと抜け出す。


周囲は随分と日が落ちて、
真っ暗だった。


息を潜めながら、屯所内の抜け出して
駆けていくのは京に来て最初の夜に泊まった宿。


流行る気持ちは、私の足をその場所へと少しでも早く着くように
前へ前へと踏み出させていく。




「あぁ、アンタ……」




宿に着いた途端、私を覚えてくれていた女将さんが
中へと迎え入れてくれた。




「ご無沙汰しています。
 晋兄と義兄は?」



口早に伝えると、女将さんは一つの部屋に
私を案内してくれる。

女将さんの後、ついて上がったその先の部屋に
逢いたかった一人、義兄の長身の姿が見えた。



「義兄!!」



溜まらなくなって抱きついた私を義兄は抱きとめると、
ゆっくりと髪を撫でて肩をさする。


「逢いたかったの」


何度も何度も繰り返しつぶやいた。



嬉し涙を落ち着かせて、ゴシゴシと手のひらで涙をふき取る私に、
自分の手ぬぐいを差し出す義兄。


それを受け取って、
その手ぬぐいに涙を吸収させていく。




「今まで何処に行ってたの?」



問いかけた言葉。
私の知らない義兄と晋兄の時間。




「舞、落ち着いて」



義兄の言葉が聞こえた後、私の座る前にも机が置かれて
そこに食事が並べられる。




「食べながら少しずつ」



促されるままに、お皿の中のご飯に箸を進めながら
ゆっくりと空白の時間を話した。



「下関でアメリカ商船を砲撃してきた。
 京に戻ったのは少し前だよ」

「ならっ、晋兄は?」

「晋作?知らないね。

 彼と僕の道は、違えてしまったみたいだ。
 あんな臆病者は気にするに値しない」
 


義兄はそう言うと唇を噛みしめたまま黙り込んでしまった。



無言の時間は、私にとって苦痛の時間で、
そんな時間をやり過ごすために、意識を集中させて
箸を進めながらゆっくりとやり過ごす。



「久坂さん、失礼します」




二人だけの部屋に、ズカズカと入ってきたのは
私の知らない数人の男たち。



「貴様、新選組にいるらしいな。
 奴らの弱点を聞かろ」



長州の人たちだと思わせるその人は、
私を脅迫するように次々と質問を浴びせてくる。


近づいてくる顔と体。


座っていた場所から立ち上がり、
逃げるように後ずさりをする私の背後は、
もう逃げ場所がない障子。
 


ここは隣の部屋の障子。
もう逃げれない。 


そう思った時、突然の隣の障子が開け放たれて
姿を見せたのは斎藤さん。


思わぬ登場に言葉すら出てこない。


斎藤さんの隣には、確か……
花桜にちょっかい出してらしい監察方の山崎さん?


すぐに私は斎藤さんに守られるような形で彼の背後にまわされ、
彼の登場に緊張が走った長州の義兄以外の奴らは剣を抜いて、
斎藤さん目がけて向かってくる。


そんな彼らの太刀筋を見極めて切り返していく斎藤さんと、
クナイで切りつけて援護する山崎さん。



次々と倒れていく長州の人たち。
その切っ先は義兄へと向けられる。




ダメっ。




「いやっ、二人ともやめてっ!!」



二人の間に強引に割り込む私。



もう恐怖も何もなかった。

どちらも……失いたくないから。




「やめてっ!!
 義兄も斎藤さんもやめてください。

 私が……何も言わずに一人でここに来たから」



私がここに来たから、
二人が戦うことになってしまってる現状。

こんなことを望んだわけじゃないのに。
もう誰も犠牲になんてなって欲しくない。



「今日、義兄に聞きたかったことがあるの。
 私はこの場所に未来からやって来てる。
 
 この世界のこと……どうなるか知ってるの。
 池田屋事件、そこで長州は負ける。

 義兄も塾仲間の一人を失う。

 そして……あなたも……。

 そこまでして……そこまでして、
 義兄さんは……それをしなきゃいけないの?」


勢いに任せて吐き出した言葉。
嗚咽と一緒に絞り出した言葉。


未来も歴史もどうだっていい。


ただ大切な人を守りたいだけだから。
  

泣き崩れた私に、義兄は刀をおろして
ゆっくりと肩に触れた。





「舞、君が何を言おうと僕は僕の意思を変えることはないよ。

 例え、それがどんな結果であっても。
 僕の誇りは、そこに刻まれているから。

 舞……覚悟は出来てる。

 京に来る前に、一生分の雑煮は食べてきたから」




京に来る前に一生分の雑煮を食べてきた。


そう言った義兄の言葉は裏を返せば、
もう死ぬ覚悟はとっくに出来ていると宣言されたことと同じで。
 

その言葉に何も言い返せなかった。




「舞……倖せにおなり……」  



義兄は、そう言って私の前から姿を消した。


私が義兄と言葉を交わした最後の夜。


どれだけ強く望んでも、未来も歴史も
簡単に変わってくれない。




この時代を生きる強い力が、未来からきた小さな力の言葉なんて
全て飲みこんでしまうようで。










「帰るか」






そう言うと、
斎藤さんは私をゆっくりと抱え起こした。





「あっ……の……。
ここの人たちは?」


「後は土方さんに任せる。
 山崎君が伝達に行ったはずだ」




私は斎藤さんに支えられるようにして、
その宿を後にした。





真っ暗な夜に、時折ふく生暖かい風が
不気味な夜だった。







その日、朝から屋敷内は
張りつめた空気が漂っていた。



それでも私の生活は変わらない。





張りつめた空気を胸いっぱいに吸い込んで、
大きく伸びをすると、いつもの毎日を一つずつ
対峙するように熟していく。




「おはよう、舞」



炊事場に顔を出すと、井上さんと一緒に
すでに舞が朝食の用意をしてくれてた。



「おはよう、花桜。
 瑠花は?」

「瑠花?
 まだ見てないけど……」

「寝坊かな?」

「舞、朝食任せていい?」

「うん。
 花桜は?」

「私はとりあえず屋敷内の掃除頑張る。
 雑巾がけ早く片付けちゃいたいから」



そう言うと、炊事場を後にして
雑巾がけの支度へと井戸に向かう。


井戸から水をくみ上げた時、
沖田さんと一緒に居る瑠花を見つけた。



二人は庭園を抜け出てお寺の方へと
仲良く向かっていく。 





最近、瑠花が沖田さんと一緒の時間を過ごしているのを
見かけることが多くなった。


この場所に来て芹沢さんとお梅さんしか、
守ってくれる存在がなかった瑠花。

その瑠花が……心を次に開いた相手。



だけど一緒に居る時間が長ければ長いほど、
瑠花が辛くなるような気がしてならない。


私だけ戻った、瑠花と舞の居ない現実世界。


その世界の図書館で読み漁った
新選組に纏わる書籍に記されていたのは、
沖田さんが、労咳でなくなるという事。



病死って言ってしまえば、
それまでなんだけど……だけど、
瑠花のことを想うと割り切れない。



私より歴史に詳しい瑠花。



何を思って今、
二人の時間を過ごしてるの?




悲しい別れが訪れることを知りながら。



瑠花と沖田さんの姿が見えなくなると、
井戸から水をくみ上げて、
桶の中へと注ぎ込む。


そこに手ぬぐいを付け込んで、
ギューっと絞ると、雑巾がけを始めた。



床が一瞬の湿気を含んで乾き始めた頃、
稽古を終えた隊士たちがぞろぞろと
姿を見せ始めた。



さてっ、朝ごはんの手伝いしてこなきゃ。



桶と手ぬぐいを片付けると、
朝ご飯を並べる手伝いをする。


雑巾がけを終えて、広間に戻った時には
瑠花も手伝いに参加していた。



「ありがとう、花桜」

「ううん、舞こそ有難う。
 瑠花、おはよう」

「おはよう、花桜。
 あっ、後お汁入れるだけだから。
 
 花桜、これ配ってよ、順番に」



指示されるままに、
机の上に並べられる朝食。



・ご飯
・お汁
・お漬物
・焼き魚



豪華すぎる食事とは言えないけど、
それでも十分、豪華なご飯を
私たちは食べられてるんだと思う。


全てを並べ終えた後、
隊士たちが食事を始めたのを見届けて、
お膳を二つ抱えて、広間を後にする。



広間を出て山南さんが療養している
奥の部屋へと向かう。




「失礼します。
 山波です」



お膳を床に置いて、
声をかけるものの中からの声は聞こえない。



ゆっくりと襖に手をかけて、
開けると布団の上で起き上がって、
ボーっとしてる山南さんの姿を見かけた。



「おはようございます。
朝餉をお持ちしました」


そう言ってゆっくりと部屋の中に入ると、
山南さんの近くにお膳を置く。


そしてその向かい側には、
自分のお膳もセットする。



一日中、布団の中で伏せることがなくなった
山南さん。


熱に魘されることもなくなった山南さん。


だけど……一日中、
こうやってぼんやりと過ごすことが多くなった。



広間に顔を出して、皆と一緒に
食事をとろうともしない。


毎日、つけてくれていた朝稽古。



熱が下がったら、
またつけてくれると思ってたのに 
そんな兆しは感じられない。




目の前に置かれた朝餉に、
黙って箸を少しだけつける。




負傷した腕が思い通りに動かなくて
食べづらいの?




そんな山南さんを気にしながら、
自分の朝ご飯に箸を進めていくと、
突然、背後から……おむすびを掴みとる手。




慌てて後ろを振り向くと、
悪戯が成功して笑みを浮かべる山崎さん。




「山崎さん」

「なんや、花桜ちゃん。
 もっと感動の再会期待しとったのに」


なんて拗ねるようにいいながら、
おむすびを頬張っていく。


「花桜ちゃん、
 そのお漬物ももろてええか?」


なんていつもの調子で、
私の膳から次から次へと摘み食い。


口の中に詰め込んだものを
飲み込んだのか、
仕事モードの山崎さんへと戻った。



「あぁうまかった。
 ご馳走さん。

 山南さん、ちょっと失礼しますね」



そう言うと何も変わらない調子で、
山南さんの傷口を確認していく。


山崎さんは山南さんの傷口の手当だけ終えると
すぐに仕事へと戻っていった。



部屋の襖を開いて、
外の空気を室内に取り込む。




「山南さん、外のお天気が気持ちいいですよ。
 少し、散歩しませんか?」



膳を部屋の片隅に置いて、
庭を眺めながら声をかける。



「私は結構ですよ。
 
 山波くん、君もいつも私に付き合う必要はありませんよ。
 君もやりたいこと、やるべきことは多いでしょう。
 
 私に付き合うことはありませんよ」




穏やかな口調ながら、
全てを拒絶していくように紡がれる言葉。


そんな言葉を聞いて、
離れろって言う方がおかしいでしょ。




「私は好きで居るだけです。
 朝餉、片付けてきますね」


わざと大きい声で告げると、
涙が毀れそうになる目を必死に
こらえて微笑んだ。







やっぱり……キツイな……。




どことなく……お祖父ちゃんの若い頃に面差しが似てる
ご先祖様に面と向かって拒絶されると。







膳を手にして、炊事場に辿り着くと、
泣きながら入った私に、
瑠花と舞がびっくりして近づいてくる。





「「花桜、どうしたの?」」




食器を流しへとつけると、
そのまま首を横に振って
食器へと手を添える。



「花桜、何隠してるの?
 山南さんに何かあったの?」



瑠花は、他の作業に没頭して逃げようとする私を
引き戻すかのように現実を突き付けた。



「花桜っっ!!」




必死にこらえてた涙が、
止まらなくなった……。




その場で崩れ落ちた私に、
二人は優しく肩に手を添えたり、背中を摩ったり。



落ち着くのを待っててくれた。




「ねぇ……。
 山南さんに昔みたいに隊士の皆と触れ合ってほしいの。

 せっかく会えたご先祖様なのに。
 私……何も出来ない……。

 腕を怪我して、思い通りに動かなくて
そんな現実が、多分……そうさせてるって思えるのに
 何も出来ないよ。

 私には無理なのかな……」
 




ただ傍に居るだけじゃ……
何もやってないのと一緒だよ……。




その人の痛みも、
苦しみも変わることなんて出来なくて
その人が苦しみながら必死に吐き出した言葉に
傷ついて……。



こうやって泣いて……。
バカみたい……。





「花桜、花桜の思いはちゃんと
 山南さんに届いてると思う。

 辛い時、誰かが傍に居てくれるって
 思えるだけで、本当に力になるんだよ。

 その感謝の言葉は、なかなかな伝えられないけど
 山南さんも花桜には有難うって沢山伝えたいと思う。

 だから……そんなに自分を責めないで。

 花桜が辛そうに悲しんでたら、
 今以上に、山南さんも辛くなると思うんだ。

 だから泣き止んで、
 山南さんの前で、花桜スマイル沢山見せてあげなって」





涙で滲んだ先、
瑠花と舞は私に微笑みかけてくれた。



「食器洗い、続きもやっとくから。

 洗濯物も、舞と終わらせるから…… 
 花桜は少し息抜きしておいでよ。

 お寺で花でも見てみると、落ち着くかも」



そう言いながら二人は、
私を炊事場から送り出してくれる。



泣きすぎて真っ赤になっているであろう、
顔を洗いたくて、井戸へと向かう。


水をくみ上げて、
ゆっくりと顔を洗うと、
何時の間にか現れた山崎さんが、
手ぬぐいを差し出す。




「山崎さん……
 神出鬼没すぎです」 


「つれへんなー。
 花桜ちゃん、正直に言うてみ。
 今、傍におってほしかったやろ」



真面目な花桜しながら、
いつもの口調で軽く告げる山崎さん。






ずっと……そうだった……。





山崎さんは、
この世界に来てから最初に出会った人で……
いつも困ってた時には
助けてくれて……。



今も……こうやって……。







これって……まさか……。





「花桜ちゃん、何百面相しとんや?
 目、丸うして……」

「あっ……。
 えっと……」



続けようとして
なかなかな出てこない言葉。


そして近づく山崎さんの顔。



反射的に目を閉じると、
柔らかいものが、
私の唇に触れた……。





「花桜ちゃんの傍には、
 オレがおる。

 花桜ちゃんの嬉しい顔も、
 悲しい顔も全部オレに見せたらええ。

 涙が止まらんくなったら、
 オレが全部受け止めたる。

 近いうちに、オレらは
 戦いに出ることになるはずや。

 舞ちゃんにとっては、
 辛い時間になるやろ。 

 そんな舞ちゃんの傍におる
 花桜ちゃんも同じ位辛いはずや。
 
 それに花桜ちゃんには、
 山南さんの事もある。

 全部、抱え込まんでええんや。
 一人で全部、抱きしめてまわんでも
 オレもおるから……。

 花桜ちゃんのありのままの本音、
 全部吐き出しや。

 花桜ちゃんのことは、
 オレが何があっても守ったるから」





そうやって告げられて……
初めて……気が付いた……。




この言葉が初めて異性の人から貰った
告白だという事に。



山崎さんの優しい言葉は、
乾いた私の中に、浸透するように
奥の方まで沁み渡っていく。
 




その日……初めて山崎さんの腕の中に
自分の意思で飛び込んだ。




その胸の中で……思うままに吐き出して、
涙を流す。






涙を流す度に強くなれるって言葉があるけど、
私も……今よりももっと強くなりたい。





大切な人を守れるように。





昨日よりもっと笑顔になれるように。







「山崎さん……有難う」

「なんや、花桜ちゃん。
 まだ山崎さんかいな。

 オレの事、丞って呼んでくれんのか?」




なんていつもの調子なのに、
やっぱりいつも以上に優しさが伝わってくるのは、
鈍感な私が……この思いに気が付けたから?




その日、山崎さんと一緒に
再び向かった、山南さんの部屋。





その部屋に……彼の姿はなかった。




その後、山崎さんも監察の仕事へと
すぐに戻ってしまって……
舞と二人、剣の稽古をしながら過ごした昼時。


夜が近づくにつれて、
騒がしくなっていく屯所内。



あの有名な池田屋事件が、
目前にまで迫ろうとしているなんて
思いもしなかった。


その夜、屯所内が慌ただしくなった。


テレビドラマで見慣れた新選組の羽織を纏った
武装モードの隊士たち。


その表情は皆、張りつめていた。


一人で居るのが溜まらなくて、
花桜と舞、そして総司に逢いたくて
部屋を飛び出す。



多分、そろそろこ起ころうとしてるんだ。

歴史的に有名なあの日が。



脳裏に思い浮かぶのはTVドラマやアニメを中心に
小説などの描かれた景色。



歴史好きの私。

何も感じなければ、大切な人が出来なければ、
あまりにも有名な事件に
テンションの一つもあがってたのかもしれない。


だけど私は総司の温もりを知ってしまった。


私の生きる時間軸からは
決して逢うことがなかった時代に生きる……
その人を愛してしまった。




『行かないで』




そうやって叫んで、縋れたら
どんなにいいかな。



だけど……総司は、
多分、にっこりと笑い返して

『行きますよ』って軽く流してしまいそう。



だったら……私は?







出陣していく総司の為に、
私が出来ることは……。






池田屋の二階で
倒れてしまうはずの総司。







『敵は池田屋にいるわっ!!』





せめて……この地で出逢った総司の大切な人を
守ることが出来たら……。



約束の大空 1 【第1幕、2幕完結】 ※ 約束の大空・2に続く

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