「……舞……」
小さく名前を呼び返して私の方を向く。
「今日の調子は?」
「うん……大丈夫……。
今日も鴨ちゃんのお墓お参りしてきたの。
お梅さんのお墓も一緒に……。
空を見てるとね……そこで鴨ちゃんとお梅さんが
笑ってる気がして……。
ごめんね。
花桜が居なくて、舞も大変なのに……
私のことまで気にかけてくれて」
いつもより少し顔色が良くなった
瑠花が、必死に作る笑顔を私に向ける。
歴史は知りたい……。
歴史は凄く知りたいのに今の瑠花に、
これから起こる出来ごとなんて聞きだせない。
今は瑠花の回復が大切だと思えるから。
「ねぇ、瑠花。
出掛けましょう?
京の町には美味しいお団子屋さんがあるんだって。
ずっとここに居たら、息が詰まっちゃうよ。
出掛けよう?」
思い切って、瑠花に声をかける。
叶うなら……そのまま、
瑠花と二人……どちらの勢力にも属していない場所で
静かに暮らしたいとさえ考えてしまう。
そんなこと出来るなんて思ってもないけど……
ほんの少しだけ、夢を見たくなるのも確かで……。
少しだけ……。
私も含めて、瑠花にも気分転換をして欲しいだけ。
今は息が詰まりすぎるから。
消えた花桜が……正直、羨ましいって思える程度には
私も疲れてしまってる。
羨ましいなんて……
思っていいはずないのに。
本当の友達なら……もし花桜が帰っているなら、
喜んであげるべきことなのに……。
「今、お団子屋って言ったよね。
近藤さんや土方さんに許可は貰ってるの?」
ずっと部屋で座り込んで無言だった
沖田さんが……柔らかい口調なようで、
どことなく責めるようなトーンで言葉を紡ぐ。
笑いかける口調とは正反対に目は……
笑っているようで、鋭さを増していて……。
「いえっ……。
許可は……えっと……」
そうだ。
私たちは勝手に出歩けない。
信用されてないから……。
常に誰かが監視するように付きまとってるんだ……。
「……舞……」
私のイラついた顔が見えたのか、
瑠花がゆっくりと顔を上げて私を見つめた。
「……いいですよ……。
仕方ないですね。
私が近藤さんと土方さんに話をつけてきてあげます。
ついでに……一緒にお供してあげますよ」
トーンも話し方も、その言葉の裏の黒さも
消えないままに告げられた思いがけない言葉。
戸惑う私たちをしりめに、さっさと行動を実行した沖田さんのお蔭で
初めての屯所からの外出が決まった。
私たち二人が歩く後ろを、ピタリと寄り添うように
沖田さんが付きまとう。
やっぱり、それはそれで息苦しい気がするけど
それでも……この場所は知らない土地だから。
この時代の人たちが居てくれるのも
心強いのも確かで……。
「あっ……あの……。
花桜って見つかりそうなんですか?」
こんなチャンスもないだろうと……
思い切って言葉を切り出す。
その途端、震えはじめた瑠花の体。
そっか……。
今の瑠花は、花桜の名前もキーワードになっちゃう時があるんだ。
そのまま……うまく呼吸が出来なくなって、
その場所でうずくまっていく瑠花。
そんな瑠花を後ろから抱え上げて、
お姫様抱っこをしたまま、
病院と思われる場所に駆け込んだ。
瑠花を抱いて、ツカツカっと入り込んで
医者をせっつき穏やかに呼吸を取り戻した瑠花を見届けて、
私の方へ近づいてくる。
「岩倉はここで休ませるよ。
さて、君の質問は山波の情報だったね。
まだ見つかってないよ。
神隠しにあったみたいだと山崎くんが言っていた。
ある場所で、ピタリと足跡が消えている。
そこから先で、消えることなどない場所でね」
……花桜……。
「加賀だったね。
行きたいところに行くといいよ」
花桜を病院に預けたまま二人で、
町の中に戻ったものの瑠花が居なくなって、
二人だけになってしまうと、
正直、気分転換じゃなくて拷問に近いわけで……。
その上……町の人たちが……私たちを見つめる視線も痛い。
「沖田くん」
そんなギスギスした二人の空間を切り離すように
言葉をかけてきた救世主もまた斎藤さんで。
「斎藤さん……。
今日も彼女のところにお出かけですか?」
えっ?
彼女?
突然の言葉に驚きながら、
そんな言葉に驚いてる自分自身にもびっくりしてる。
彼女も何も、私には関係ないじゃない。
「あぁ」
目を細めて、柔らかな眼差しで
答えた斎藤さんに何故かイラついて。
そんな自分自身にもイラついて。
「加賀も出掛けていたのか……」
その眼差しが、自分にむけられると邪険にすることも出来ず……。
「はいっ。
あっ、いっときますけど二人じゃないですから。
瑠花と一緒に来てたんです。
だけど……」
「岩倉は町の中で倒れて今は養生所。
仕方がないから私が付き添っていようと思うんだけどね。
加賀のこともあって」
「ならば、加賀のことは私が預かるとしよう」
あっという間に……私の今後の行動は、
斎藤さんと行うことになって。
でも……正直、少し安心したのも確かで……。
あのまま沖田さんと一緒に居続けるなんて
息が詰まりそうで、とても持ちそうになかったから。
その後、斎藤さんに連れられて京の町を散策した。
晋兄や義助たちと一緒に留まった旅館もこの町にはある。
ふとその場所で立ち止まって、
外から旅館を見つめる。
「気になるのか?
長州の奴らが……」
斎藤さんの問いかけに私も素直に頷いた。
彼の前だけでは、偽る必要なんてないから。
屯所から晋兄たちの元に帰った時も
彼は……送り届けてくれた人だから。
「はいっ。
気になります。
私にとっては……大切な人だから」
そう……私にとっては大切な人。
誰になんて批判されても、
私は大好きな晋兄や義助たちを助けたい。
その為には……今の私だから出来ること
しっかりしなきゃ。
……もう……もう二度と後悔したくないから。
その日、私が向かう先々に斎藤さんはついてきてくれて、
そして……お団子を奢ってくれた……。
後は……思いがけないプレゼント。
瑠花の部屋を訪ねるとき、私の腕を掴んだのは、
私に手渡したいものがあったから……だった。
掌にのせられたのは、小さな金平糖が少し。
「私に?」
そう紡いだ言葉に斎藤さんは静かに頷いた。
一口、口の中に放り込むと
砂糖の優しい甘さが広がっていく。
その優しい甘さが、
疲れていた心をゆっくりと包み込んでくれる。
「美味しいです……。
有難うございます」
一粒、食べ終えて彼に有難うを伝える。
偏見じゃダメなんだ。
あの場所だから信じられないんじゃない。
決めつけるんじゃなくて
見極めないと……。
未来は……自分で生み出すものだから。
この世界に来て、初めてそう思えた瞬間、
ゆっくり動き始めた……私の未来……。
私は……大切な人を守りたい。
その気持ちを大切にしてもいいですか?
あんなにも帰りたかった現代。
私の居場所に戻ってこられたと喜んだのも束の間。
舞と瑠花の存在しない
この場所は……私が望んだ世界とは違ったものだった。
住み慣れた部屋。
見慣れた家族。
当たり前の生活。
望んだ世界と、何一つ変わらない日々なのに……
その世界に親友二人は存在しない。
……いつもと変わらないのに……。
ねぇ、舞……瑠花……。
二人は今、何処にいるの?
この世界に二人が生きた形跡がない。
だけど私の心だけは知ってる。
私は舞と瑠花と三人で、
あの幕末の世界にタイムスリップして
あの場所で出逢った人たちとずっと生活してたんだって。
それは誰に何と言われようと
私にとっての嘘偽りない真実。
目を閉じて思い浮かぶのは
私を子猫ちゃんと呼ぶ……お調子者の山崎さん。
いつも眉間に皺を寄せて気難しい土方さん。
後は……いつも優しい眼差しで
私を包み込んでくれる山南さん。
そして……あの場所で出逢った新選組の仲間たち。
洗濯を手伝ってくれる隊士さん。
私の剣の練習に付き合ってくれる人たち。
あの世界の方が……私、幸せだった。
大切な人がたくさんいる……守りたい人と出逢えた
あの世界が……。
思い返せば思い返すほど……
その心は募っていくばかりで今すぐにでもあいたくなる。
「花桜、練習始まるぞ」
勝手知ったる家。
敬里が声を出して部屋のドアを開けたのと同時に
私は飛び出す。
そんな私の腕をグイっと捕まえた敬里。
「おいっ、花桜何処に行くんだよ」
「図書館。
調べたいものがあるから」
そう言って腕を振り解こうとする
私を片手で抑え込んで、額に伸びてくる敬里の手。
「熱……ないなぁー。
お前、おかしいぞ。
あの全国大会の試合の日から」
「うるさいなぁー。
私はおかしくなんてないわよ」
おかしいのは……おかしいのはこの世界なんだからっ!!
一瞬、敬里の力が緩んだすきに敬里の頬を打ち付けて、
その抑圧から抜け出すと階段を下りて、玄関から慌ただしく外に飛び出した。
この場所に来た時……あの世界に最初に渡った時、
何が起きてた?
記憶を辿る私の脳裏に浮かぶのは、
雷しか思いつかない。
雷。
空を切り裂くような稲光と雨が降ってた……。
そうよっ、雨と雷よ。
雨と雷が私をまた
あの世界に連れ戻してくれる。
そう思い立って、立ち止まって空を見上げるものの
目の前に広がるのは、真っ青な空。
雲……一つない……。
雨も雷も難しいか……。
がっくりと首を垂れながら、
当初の目的でもある、図書館へと辿りつく。
初めて立ち入る市民図書館。
だけど敬里が言う通り。
図書館なんて今まで立ち入ったこともない私には、
棚一面に並ぶ本の山を見ただけで眩暈がしそう。
そう思いながらも……この場所は、
何故か懐かしい匂いがする。
壁一面に並べられた本。
見渡す限りの棚に、
ぎっしりと詰め込まれた本。
……山南さんの部屋みたいだよ……。
そのままブラブラと図書館の中を歩いていると、
[歴史小説]と書かれた棚の中に新撰組の文字を見つける。
棚一面に広がる新撰組の文字に……改めて彼らの凄さを思いながら
手を伸ばしていく。
燃えよ剣(新選組血風録)。
新撰組全史。
新撰組大辞典。
新撰組史料集。
新撰組原論。
ずらずらっと立ち並ぶ本の中から気になる本をまとめて抜き取ると、
近くのテーブルに座って目を通し始める。
文字の洪水が押し寄せてくるのに、そこに描かれた私の知らない彼らと
出逢うたびに……心が高鳴る。
山崎さんの活躍……もっと知りたいよ。
最初は興味本位で、読み焦っていく本も、
私たち三人が出逢ってからの物語のシーンに射しかかる頃には
疑問ばかりが気にかかる。
瑠花が鴨ちゃんと慕っていた、芹沢さんの書かれ方が酷すぎる。
確かに……現実に起きた出来事は間違ってないけど
本当はもっと深い問題があったのに。
読めば読むほど、
その先は……不満ばかりが募っていく。
そんなの違うっ!!
私が知ってる人たちは、怖くて厳しいけど……非道なわけじゃない。
悪者じゃない。
ただ純粋に……守りたいものの為に
精一杯生きてるんだから。
こんな書き方しないでっ!!
怒りに任せて分厚い本をパタンと音とたてて閉じると
周囲からは、ギロリと騒音をたてるなとも言わんばかりの視線が突き刺さる。
私はそのまま先ほど手にした本を棚に戻すと、
図書館を飛び出した。
やっぱり違うよ。
ここは私が居るべき世界じゃないよ。
図書館を飛び出して、自宅の隣の道場へと戻ると、
敬里が、お祖父ちゃんに稽古をつけて貰ってるところだった。
何度も何度も、お祖父ちゃんと打ち合っていく
敬里を見つめながら、私は一度自分の部屋に立ち戻る。
強くならなきゃ。
大切な人を守れるように。
だけど……その強さは飾りの強さじゃダメ。
真剣で……命のやり取りをしあう……。
それが今の……私の望む居場所だから。
だから私は手にする。
大切な人を守る力がもっと欲しい。
強くなりたいから。
全国大会の朝。
お祖父ちゃんより譲り受けた
我が家の家宝の刀に手を伸ばす。
我が家の真剣と言えば
これしかないから……。
真剣を手にして、そのまま道場へと戻ると
着替えを済ませて、面もつけずに、真剣を振り回していく。
時に流れるように、
線を描くように光の残像を発しながら
素振りしていく。
無心になって……剣と一つになる。
体に染み込んだ一通りの練習を終えて一息つくと、
敬里とお祖父ちゃんが私の近くに集まって来てた。
「花桜、お前……すげえじゃん。
ちょっと、それ俺にもかしてくれよ」
「敬里っ!!
やめよ」
家宝の剣を私から奪おうとした
敬里をお祖父ちゃんの声が制した。
敬里は機嫌を損ねたように家宝の剣から手を放す。
「花桜……。
お前……何時の間にその剣を……」
お祖父ちゃんが
呟くように声を漏らす。
……どうしよう……。
幾らお祖父ちゃんでも、
幕末の時代で習いました……っとは言えないよね……。
質問の返答に詰まっている時、
信じられない言葉が降り注いだ。
「花桜……逢えたんだね」
しみじみと呟いたお祖父ちゃんの隣には、
やっぱり張りつめた表情のお祖母ちゃんが近づいてくる。
なんだ?っと言わんばかりに敬里は、
私と祖父母の顔を交互に見つめる。
「敬介さん……」
お祖母ちゃんは、お祖父ちゃんの名前を紡ぐ。
敬介……。
そうだ……お祖父ちゃんの名前は、
山波敬介(やまなみ けいすけ)。
山波?
山南……。
もしかして……我が家のご先祖様は……。
えっ……。
もう頭の中はぐちゃぐちゃ。
どうして?
だけど……。
お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは、
お互いの顔を見合わせてゆっくりと私に向き直った。
「花桜……、よく聞きなさい」
「……はい……」
道場に沈黙が広がる。
「その家宝の刀の名は、赤心沖影。
幕末の時代、壬生浪士組……新選組として
その名を知られた、山南敬助の愛刀。
赤心沖光と対をなす剣」
赤心沖光……。
対をなす刀だから、私はあの時……
山南さんの刀が気になったんだ。
「先ほどの花桜の刀運び。
それは、代々山波家に受け継がれる
巻物の剣さばきそのものだった。
私には辿りつくことが出来なんだその道を、
……花桜は何故、知っている?」
もう……隠せないよ。
口の中に広がる唾を飲み込んで、
呼吸を整えると覚悟を決めて今、
私の身に起きていたことを
全てお祖父ちゃんと、お祖母ちゃん、そして敬里に伝えた。
幕末の世界へとんだこと。
ご先祖様でもある、
山南さんと出逢ったこと。
あの場所で、
直々に稽古をつけて貰ったこと。
そして……親友を守るために、
人を初めて、殺したこと……。
紡ぐ言葉の全てを、
疑いの眼差しを投げ返す敬里と違って、
お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは、
とても冷静だった。
「そうか……。
花桜は今も旅の途中なのだな」
旅の途中……。
そうなのかも知れない。
「花桜、少し手合せしてくれぬか?
ご先祖様に教えて貰ったその剣で」
お祖父ちゃんは、ゆっくりと立ち上がると
自らも奥に飾っていたもう一本の銀色の刃が美しい剣を手にする。
その剣を手にして、ゆっくりと抜刀の構えで
私に向き合うと、私もまたお祖父ちゃんに剣の切っ先を向けて
ゆっくりと構えた。
お互いゆっくりと
相手の行動を読みながら、にじり合う。
緊迫が道場内を包み込む。
どちらかが仕掛けないと……。
そう思って、私が先に踏み込むと、
祖父の刀が流れるように私の刀にぶつかる。
金属がぶつかり合う音が
神聖な道場に響き渡る。
その打ち合いは……やがて祖父の手にした剣を弾き飛ばすことで
勝負が終わった。
肩で息をする祖父の前、
いつものように呼吸を整えながら
私も正座で向き合う。
そしてゆっくりと頭を垂れた。
「敬介さん……」
「あぁ。
そうだな……」
再び、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは
二人だけにしかわからないアイコンタクトを取ると私に向き直る。
お祖母ちゃんが手にしているのは、
古い合わせ鏡。
ゆっくりと目の前に差し出されたものに触れて
ゆっくりとその鏡を開く。
鏡の面が歪んでゆっくりと映し出される景色。
それは……懐かしいあの時代。
「これって……」
驚いて視線を祖父母に向ける。
「敬助さまの奥方、明里【あけさと】さまの大切な合わせ鏡と
伝えられている、山波家の家宝の一つ。
いつの頃か……遠い記憶を映し出すようになりました」
「花桜が居なくなった後、
世界は…… 花桜が居ない状態で回り始めた。
花桜はちゃんとこうして居るのにな。
その花桜を黙って写しだしてくれたのが、
この合わせ鏡」
「花桜……その鏡に手を当てて、
念じなさい。
貴女が知りたい世界を……」
その言葉に誘われるように、
ゆっくりと鏡の面に手を触れて、
心の中で思い描く。
あの場所で出逢った
大切な人たちのことを。
歪んだ後、次々と鏡が映し出すビジョンは、
山崎さんが今も私を探してくれていること。
瑠花は今も芹沢さんとお梅さんのお墓詣りを続けながら
何故か、沖田さんと一緒に居ることが多くなってること。
舞は……屯所内の雑務を受け押しながら、
毎日、斉藤さんに手伝って貰って
今日の町中を出歩いている……こと。
映し出される全てに、
懐かしさと愛しさを覚える。
そして……流れる映像は気になる時を告げる。
山南さんが……怪我してる?
床に臥せる山南を映しだした後、
鏡はやがて、道場の中を映し出した。
「私……」
沖影を手にしてゆっくりと立ち上がると、
祖父の静かな声が響く。
「行くのじゃな。
花桜」
その問いにゆっくりと、頷きを返した時
雷が轟きはじめ、雨を伴いはじめる。
「行かなきゃ」
稲光が空一面に広がる中、
私は沖影と共に道場を飛び出す。
沖影の真上に落ちた稲光は、
そのまま空を切り裂いて……
私は真っ暗な世界に吸い込まれた……。
★
目が覚めた時……私は古びた、
小さなお堂のような場所に居た。
「えっ?」
ゆっくりと体を起こして、
沖影を探す。
沖影は壁に立てかけられていた。
沖影に手を伸ばして、
お堂の扉へと近づく。
外に誰かいる?
気配を感じて、息を潜め身を縮めながら、
その瞬間を待つ。
ゆっくりと扉が開かれて、
足を一歩踏み入れたとき、
沖影を大きく振りかざした。
私の切っ先をすーっと翻ってよけると
聞きなれた声が降り注いだ。
「なんや、花桜ちゃん。
つれへんなー。
よーやく見つけた言うのに……」
えっ?
この声……。
「……山崎さん……」
沖影を手にしたまま剣をおろして
立ち尽くした私をがばっと胸元に抱き寄せる山崎さん。
えっ?
「お帰り。
オレの子猫ちゃん……」
この呼び方……。
帰って来たんだ……。
私の世界(居場所)に……。
「ただいま」
山崎さんの腕の中、小さく紡いだその言葉に、
山崎さんは強く私を抱きしめ返した。