一瞬立ち止まり、振り向こうと思ったけれど


……やめた。


そしてさらに足を速める。

なぜならその声は先刻聞いたあの美声。


『…萌え』


その声だったからだ。


間違いない。

…奴だ。


「待って」


待ちません。

ていうか聞こえません。

というよりあなたのよびかけているのが私ではないと強く信じます。

切望します。


「待ってそこの女子高生の君」


私は視線だけ動かし周囲を探る。

歩調はそのままに。

…ああ、どうしよう。

女子高生私しかいない。

くそう。

固有名詞で呼びかけてくるとは卑怯な。


「さっきの…誤解なんだ」


聞こえません。

聞いてません。

見ればわかるでしょう私歩くのに集中してるんです。

物凄く真剣なんです。

自分の足音以外聞こえないんです。

そして見てわかるように学生なんです。

頭の中は勉強の事とか将来の事とか晩御飯のおかずとかそんなのでいっぱいなんです。

私の集中力は全力でそこに注がれているんです。

だからあなたの声なんて聞こえません。


「あれはあの本を見て萌えたわけではなくて…」


聞こえません。

聞いてません。

ていうかそんな話題ぶり返すな!!


「君が可愛くて!!」


ことの他大きく言われたその言葉に、性懲りもなく胸がはねた。


え…。

わ、私?

私が…何?


無意識に足取りが緩む。

その続きが、…知りたくて。

その続きが、……聞きたくて。

えっと…私が…何?


「俺の事…見てたよね。で、多分…声、かけてくれようとしてた…違う?」


ち…違わない。

あまりの図星に耳が熱くなる。


「咳払い、二回したよね。それが可愛くてつい…口が滑ったんだ」


彼の声が、甘く緩んだ。


「嬉しかったから」


嬉し、かった……。


彼の言葉にまた心臓がドキドキした。

嬉しい。
なんで?

可愛い。
どこが?

彼はそんな私に『萌え』たんだと言った。

それは決して嫌な事実じゃない。

だってそれって、好意、だもの。

だってそれって、好きってことと、同じだもの。

私が。


少し私との距離が縮まった彼は、息を整えながら言葉を続ける。


「嬉しかった。君の事ずっと好きだったから」


……え………?