部屋を飛び出し、電話を取ると聞き慣れた声が耳に届く。

「あ、もしもしー?旭?」
「千草さん!どうしたんですか、珍しい!」

 電話の主はこの家の主、千草さんだ。明るくて底抜けにテンションの高い声が基本の彼女。

「いやー旭が家にいてくれて良かったわー。昼にも電話かけたんだけど繋がらなくて。空は家にいるのよね?」
「…いるにはいますけど、締め切り明けなんで寝てますよ。」
「あーなるほどね。そっかそっか。そこまで考慮してなかった。」
「それで、今日はどうしたんですか?」
「今日、入居者増えるから。」
「へ?」

(…い、今…何て…?)

「ゆっくり話すわよ。きょ・う・にゅ・う・きょ・しゃ・が…。」
「そっ、そこまでゆっくりじゃなくて大丈夫ですっ!てゆーか今日って急すぎですよ!なんでもっと前に…。」
「私だって忙しかったんだものー。それに旭なら誰とでも仲良く出来るでしょう?大きな荷物とかは明日届くから、もし良ければ手伝ってあげて。」
「それは構いませんけど…一体誰が…。」
「説明するより先にそろそろ着くと思うけど?私のところにちょっと前までいて、さっき送りだしたのよねー。」
「送り出す前に連絡欲しかったんですけど!」
「だからーお昼に連絡したって言ったでしょう?」
「あたしのケータイにメールの一つや二つ、入れてください!」
「ケータイのメールって苦手なのよ。打ちづらいんだもの。」

…ピンポーン…。
ちょっと遠慮がちに鳴ったチャイム。

「ほら、来たわよー。」

 旭の混乱を楽しむような声が受話器越しに聞こえてきた。

「ほらほら、玄関開けてあげてー。」
「わ、分かってますっ!とりあえずこっちからまた連絡しますから!」
「はいはーい。じゃ、上手くやってねー!」

 言いたいことだけ言ってブチっと切れる千草の電話。旭は受話器を戻すと玄関へと小走りで向かった。

ガチャリ。
ゆっくりドアを開けると飛び込んできたのは…

昼間見た、グレーの瞳。
ふわりと揺れる、柔らかな髪。
穏やかな表情と佇まいが印象的な〝彼〟だった。