「ってごめんなさい!こんなところに立たせっぱなしでっ…!どうぞリビングへ!って言っても今まであたしと空だけが生活してたから好き放題で…汚いですけどっ…!」

 海理は首を横に振り、そのまま旭についてきた。

「…ソファーに座って待ってて下さい。お茶淹れます。紅茶、大丈夫ですか?」

 旭の目をしっかりと見て、そのまま頷く。旭はお客様用のティーカップを出し、お湯を沸かした。
 ティーパックを開け、カップに一つずつ入れてお湯を入れる。しばらく経ってからパックを取り、流しの横に置いてある生ごみ入れに捨てた。ガラにもないことを承知で普段は全くといって使わない黄色のトレーにカップを乗せ、カタカタと震えるカップに若干の緊張感をもちながら運ぶ。

「ど、どうぞ。」

彼は旭をじっと見つめ、ゆっくりと口を動かした。

「…え…?」

 彼の口が丸く開いた形になって止まる。そして次は横に長く開く。

「えっと…さっきのは『あ』?それで今のは…もう1回お願いしていいですか?」

 もう一度横に長く開いた口。同じ口の形を真似して旭は声を出してみる。

「いーいー…あ、違う?」

 彼は笑いながらも首を横に振る。そしてメモに手を伸ばし、文字を書く。そこにはたった一言。

『ありがとう。』

(…『い』じゃない。あの口は『り』だった。くそぅ…唇読むのって難しい。)