「別れよう…」

一瞬、耳を疑った。
目の前には俯く君。
少ししか見えない唇から、間違いなくこの唇から立った一言の言葉が聞こえた。
信じたくないような言葉が、間違いなく俺の耳に届いていた。

君はその言葉を発してから全く動かない。
俺はただそれを見つめているだけで、言葉が出てこない。

なんていえば良いんだ?
むしろ今、これは現実なのか?
このような状況の中頬をつねりたくなる。
嘘だと、誰か言ってくれ。

俺はー…

心の中で言って、喉がなった。
額からジワリと汗が染み出て、ああ、現実だと何故か思った。

俺は、右手を伸ばして君の頬に触れた。
ぴくりとして、始めてそれは動き出してようにゆっくりと俺を見上げた。

「ゆき…」

次の言葉が出てこない。
見つめあったまま、動けない。
大きな君の瞳が俺を捕らえて、次の言葉を拒ませる。

ごめん、ごめんな…
その言葉さえ、出てこない。

あぁ、君の瞳がキラキラと輝き出している。
涙、なのだろうか。

俺が泣かしてる。
ごめん。
つらい想いをさせてごめん。

俺は、きっと。

「…そんなこと、言わせてごめんな…。ゆきが、したいようにすればいい。ごめんな…」

やっと出てきた言葉がそれだけだった。
引き止めることも出来ない。

瞬間、ぼたぼたっと音をたてるように君の瞳から涙がこぼれた。

ああ、俺が泣かせてしまっている。
その事実に胸が締め付けられそうになる。

鼓動がはやくなる。
次の言葉を。
俺が言わないと。

「いけよ…」
肩を押した。
力なく、君はよろけた。
だけどしっかり頷いて。

俺に背をむける。
そしてゆっくりと歩き出す。

俺は、唇をきゅっと噛んで君のむかったほうへ背を向けた。


そして涙が、頬を流れていた。