「初めまして、有木と申します。今日は、入院されて来て間もないので少しお困りのことなどですね、お話しを聞かせて頂きたいなぁと思って伺いました。」
「ご苦労様です。」
退院があると、すぐに新しい方が入院してくる。不安なことや困っていることを、いかに聞き出して寄り添えるかが菜苗の役目だ。
「太田さんは、出身どちらなんですか?」
「北海道です。札幌ね。」
「あら、じゃあこれくらいの時期は大雪なんじゃないですか?」
「そうですよ。どこもかしこも真っ白。それが当たり前だったから、この辺は雪降らないし、暖かいでしょ。はじめは驚いたよ。」
なにが困っていますか?なんて聞いたって、信頼出来るかわからない人に伝えようなんて誰も思わない。だから少しずつ少しずつ、味方になっていく。
「太田さん、今日は何月何日かわかりますか?」
「今日?11月かなぁ、少し寒いけどねぇ。日にちは…15日くらい?」
「では、ここは何県何市かご存じですか?」
「ここは…千葉県じゃないの?いきなり連れてこられたからよくわかんないんだよ。」
「あら、そうなんですね。じゃあ、ちょっとだけ頭の体操です。」
「頭はボケちゃってるからダメだよ。」
「大丈夫、簡単な計算ですよ。100から7ひくといくつになりますか?100―7!」
「100から7…93。」
「そうですね。じゃあそこからまた7ひいて下さい。」……

 本人と、家族の気持ちも理解したい。この間退院した、寺田さんの旦那さんとお話しをしていて一層思っていた。
「妻はね、私の言うことはわかっているんですよ、全部ね。でもね、先生達の言っていることはどうかな…ほら、なんせ人見知りが結構あるから。今なにが大変かって、妻の言っていることがわからないのが申し訳ないんですよね。私はなんとなくわかるんですけど…みなさんはわからないでしょ?」
自分の言っていることは理解している、妻の言っていることは少し理解出来る。今まで夫婦でやって来たのだから…そう思いたい気持ちはわからないではなかった。でも、一番心配なのは、奥さんが自分の言っていることが理解出来ていないとわかった時、旦那さんはショックを受けるに違いない。実際、今の寺田さんは旦那さんの言っていることがどれくらい理解出来ているか…半分…3割程度しか理解出来ていないのではないかと菜苗は思っていた。

 「先生、妻は私の言うことをわかっていないみたいです。」
旦那さんは、カルテを書いていた菜苗をつかまえて呟いた。
「どんな時にそうお考えですか?」
「いつも頷くんです。だからわかっていると思いました。お風呂がない日も、お風呂今日は入ったかと間違って聞くと頷くし…簡単な言葉だけど、そんな簡単なこともわからなくなってしまったんですか?」