それでも父はなかなか離婚届に名前を書かなかった。いくら謝ったって、いくら態度を変えたって、信頼関係はもう取り戻せない。あれから何度も話し合いをした。引っ越しをしてやっても良いが、一千万くれたら出て行ってやるとも言った。いつも父の言うことは現実味を帯びず、ただただ重苦しい日々が続いた。何度も離婚の話しをする度に、「じゃあ裁判をしよう。」と、口癖のように言う。昔々、父には借金があったらしい。それは、酒に溺れて出来た借金。その額は膨れ上がって、大きな大きなものとなり、母と祖母が返したらしい。でもそんなのはチャラだとか。そんな話しもうんざりで、法律で裁いた時は、むしろ母の方が不利になってしまうとも思われた。「私が母と妹を守る」顔を合わすのも嫌だったから、手紙を書いた。でも、破られた状態でゴミ箱から見つかった。だからといっては何だが、父がヒマ潰しに行っていたクロスワードパズルなんかの雑誌を全て破って部屋に残したりもした。
 「は?」
母が掃除機をかけた時のこと。倒れてしまった父のカバンの中から…。
「ナナエー」
母は私を呼んだ、弱々しい声で。娘に言いたくないことだっただろう。でも、呼んでくれたことに感謝する。一人で悩まなくて良いのだから。しかし、これにはさすがの私も驚いた。
「お父さんもほんと、ツメがあまいねー。…ゲームセットでしょ。」
私は、現れたものをカバンの上に出した。
「ナナエを敵に回すと怖いね…。」
「そう?まぁ、お母さんの敵にはならないから大丈夫でしょ。」
一瞬母を見て、私はまた視線を戻し、鞄から出てきた避妊道具を鞄の上に規則正しく真っすぐに並べた。そして、最後尾のソレの下に「ホコリなんかためるもんじゃないね。
掃除機かけてさしあげたら出てきてしまったよ。」
と書いたメモを残した。

気づけば、少しずつ父の荷物は減っていった。そして、帰って来なくなり、後日離婚届と鍵が送られてきた。彼は、さよならも言わずに姿を消した。なんてあっさりしたものなのだろう。もっと綺麗な終わり方はなかったんだろうか。