面会時間は終わったのに、と、Rさんは苛立っていた。


さっきから、消灯を終えた薄い廊下を何度も子供が走るような気配がする。

面会時間を守らないのもそうだが、病院で子供が疾走してるのを放置している親に、腹がたった。

更に非常識なことに、子供がこの詰め所をググッと覗きこんでいるような気配までする。

相手にしてほしいのだ、と思った。

その自己中心的な無邪気さは、カルテ整理に追われるRさんの神経を逆撫でした。

だから、仕事に集中して気づかないふりをしていた。

子供はあからさまなほど何度も覗きこんでくる。

そしてRさんに気づかせるように少しドアを開けたのち、音をたてて閉める。

それが30分ほど続きさすがに堪らなくなった。

身勝手な子供も管理していない親も最低だ。

とうとう我慢できなくなった。

気配がドアに近づいたのを見計らって、Rさんは詰め所のドアを開けた。


それが見えたのは一瞬だった。


短髪の痩せた子供は目を大きく見開き、歯をむき出しにして笑いながら全力で走っていた。

そしてRさんの前を走って通過したのち、数メール先で闇に溶けるように消えた。


あまりの一瞬さに、錯覚だと思ったという。


しかし不気味なあの笑顔だけが忘れられず、夜勤仲間のOさんにさっきの出来事を話たところOさんの顔色が変わった。


「今日、多分、急変あるぞ」


突然の不吉な発言になぜかと聞くと、


「アレが出るときはステルベン(死亡)が多い」


と返ってきた。

詳しく聞けないまま急いで業務を片付けていると、南に位置する部屋の患者が急変した。

退院を控えていた患者だったので、急変対象としてはノーマークだった。

必死に対処したが、患者は還らぬひととなった。

お見送りを終えたRさんは、Oさんに聞いた。


「あれってもしかして、死神なん?」


Oさんは首をふった。

Oさんは霊感が少し人より強い人だった。


「死神やないよ」

「ほな、アレ何?」

「ようわからん」


Oさんは考えるように首を傾げた。


「ようわからんけど多分あの子は人が死ぬの見るんが好きやねん。だから死にそうな人がおったら出てくるんや」


それ以降、Rさんは急変の有無関わらずその少年を見ることなく過ごしている。


「でも他のスタッフはたまに見たとか、話は聞きます」


人の死をあんな笑顔で見に現れる子供をRさんは、


死神よりも怖いと思ったという。