脳裏に先刻の言葉が何度も回転していた。


『奥さん、あんたの笑顔が好きなんだってさ!!』


沈黙し、歩きながら、もどかしさに胸を焼かれる。


…そんなことを言ったのか。

姫は。


とぼとぼ後ろをついてくるその体を、苦しいくらいに抱きしめてやりたくなり…堪える。


…そんなことを
言ったのか。

姫は。


その
可愛い唇で。

その
愛しい表情で。

俺の
笑顔が好きだと。

そんな、ことを。


「…………」


堪え切れなかった。

どうしても口元が緩む。

どうしようもない。

…こればかりは
…姫が悪い。

そう思った。

本気で。

足を止め、激情を制御する。

ほんの少しだけ意地の悪い心持になり、姫を困らせてやりたい衝動に駆られた。

それをどうしても遂行したくて、息を吸う。

努めて落ち付いた低い声を出しながら、俺は姫を見つめた。


「…存じませんでした」


不可思議な言葉に姫が顔をあげる。

その純粋な表情に、可虐的な欲求が膨らんだ。

わざとうやうやしく神妙そうなふりをして目を細めると、少し不安げに首をかしげてくる。

どうしてこの女はこうも俺をかき乱すのだろう。

…あなたが愛しくて
…狂いそうだ。

胸が
あつい。


「姫は俺の笑顔がお好きでしたか」


単調に言ったそれに姫が見事言葉を失い、再び真っ赤に染まったのを見て俺はとうとう声をあげて笑った。


「こんな顔でよろしければ、いくらでも」


笑い続けながら歩き出す俺に何らかの文句もあろうに、姫は殊勝に付いてくる。

それがまた可愛くて、笑いが止まらない。


姫。

姫。

……朧。


あなたが愛しい。

愛しくて
愛しくて

たまらない。


運命というものなど、信じたことはない。

けれどもし存在するなら、呪う。

なぜ姫の運命の相手が俺ではないのだ。

なぜ姫の宿命の相手が俺ではないのだ。


俺が手を伸ばすその先に

なぜあなたはいないのだ。