なぜ姫の運命の相手が俺ではないのか。

なぜ姫の宿命の相手が俺ではないのか。

俺が手を伸ばすその先に、姫はいない。

…決して。


散れと命じた心の花は、毎日毎日俺に咲き誇り、降り注いだ。

それは長年保ち続けた俺の中の深い空虚を白に塗り替え、硬く痛い足場でさえも柔らかく優しいものに変えた。

それは俺の弱さになり恐怖に変わり、そして俺の強さになって温もりに変わった。

俺の捧げた名を得て光のように微笑み泣いた姫の姿が…忘れられない。

俺がいるから笑うのだと言ってほしい。

俺がいたから笑えるのだと思ってほしい。

過ぎた願いを肯定するような姫の仕草ひとつひとつに、世界が色を変える。

どうしようもない想いに揺らされて。

どうしようもない願いに乱されて。


『大切にしてやれよ』


その権利を認められたのが俺であったなら、蕩ける程にそうするのに。

姫が何かを俺に願うなら、何を蹴ってもそれを優先させるのに。

そんな事を考えていた時だった。



「笑顔が好きなんだってさ!!」



張り上げられた声に、息が止まった。

声のほうを振り向くと、愕然とした姫と悪戯な顔をした肉屋の女がこちらを見ている。


「奥さん、あんたの笑顔が好きなんだってさ!!」


な……、

………何…が?


言われている内容がなんのことかさっぱりわからず、姫を見ると死んでしまうのではなかろうかという程赤面をしていた。

どうやら新妻とされる姫に旦那の俺のどこが好きかなどというくだらない質問をなげかけ、それに対しての姫の答えがあれだったらしい。

…と、いうか。

答えたのか。

そんな下世話な質問を。

馬鹿正直に。

呆然としていると、俺の隣で同じくそれを聞きぽかんとしていた店主が満面の笑顔になり手で机を叩いた。


「いいねえ!!甘いねえお二人さん!!」


更に煽るときた。

このままでは姫が憤死すると思い、肉屋の笑い声を聞きながら、急いで外に出る。

頬も、耳も、首も真っ赤になっている姫が初々しくて、奥歯の疼く感じがした。

心臓の音まで伝わってきそうな姫の様子に、とりあえず落ち着かせる為、黙って歩く。

もう、さっきの話題にはふれないほうがいい。

そう思った。


……が。