悲恋エタニティ

予想外の台詞に二人してぽかんとすると、それを肯定ととったらしい。

爽快な笑顔を見せて声を大きくした。


「なんだよ、それならそうと言やあ、もっと安くしてやんのによ!!」


快活に笑う姿に言葉もなく、お互い顔を見合わせる。

そして、視線が合った途端ふたりして赤面してしまった。


…そう、か。

普通は、そう考えるか。


張り詰めたものが解除された安堵と、訝られた内容の艶に脈があがる。


妊娠、か。

…そう、か。


十中八九、胎の子の父は俺だと思われている事が面映ゆい。

俺と姫がそういう行為をすでに済ませた関係と思われている事に、愚かながら愉悦を持った。

赤面し黙りこんだ俺達に、店主はなぜか好印象を持ったらしい。

初々しい人間を好む、『兄貴肌』という人種なのかもしれない。

肉屋にはそういう人種が多いとも聞く。

頼もしい声で店の奥の自分の伴侶を呼び付け、『錦』をわけてやれと言ったのに驚いた。

『錦』。
牛の肉で、高級品だ。

なんらかで気分を良くしたとはいえ、軽々しくわけてもらえるものではない。


「なんかおかしいと思ったんだよ。着てる物のわりには高い買い物するし、娘さんには重いもん持たせてねえしな」


自分の推理が的中したと信じる店主は、自慢げにそう頷く。


「なんだい、おめでたかい」


過分な程の『錦』を包んで持ってきた女も、我が事のように微笑んでいた。

飢饉の絶望に出生率が低下している今、国全体が、新しい命を期待しているようだ。

だがそれはそれ。

これは誤解だ。


「…違…」


焦って否定しようとしたが、咄嗟にそう思わせたほうが都合がいいと気付いた。

言いかけた言葉を飲み込み、動揺を抑えて息を吐く。


「…まだそうと決まったわけでは…」


否定も肯定もなく、辻褄合わせに嘘を重ねると姫が赤面した。

胎に子がいるかいないかはわからないと、俺はそう言ったのだ。

それは、そういう行為をしたという肯定の言葉でもあった。

そんな事実はどこにもないが、目の前の彼らにとってそれは『事実』となる。

姫は俺の妻。

俺に抱かれた事のある女。

そう思われている事が姫にどう聞こえたのか、胸が痛んだ。

初顔合わせの時の自分が吐いた妄言が、姫にはいまだに傷として残っているに違いなかった。

そんな俺の心の中など知らず、肉屋の夫婦は大笑いをする。


「まあ、できたにしても作るにしても体力は要るわな。兄さん激しそうだし」


……激…!?


「…なッ…!!」


下世話な推測に異論を唱えようとしたが、


「『菊』の骨もわけてやれ。肌にいい」


という過分な土産をつけられ黙るしかなくなる。


罪なくその話題を続けてくれる２人に殺意が芽生えた。


…それは、触れてはならない場所だ。

少なくとも、

姫には。