もとより荷物持ちなどさせるつもりは毛頭なかった。

それに対し姫が困惑した顔をしたので、卵だけ持たせる。

しかしそれが気をつかっての事だと姫は気付いたようだ。

更に俺が街を見せる為だけに連れ出したことも悟ったらしい。

聡明すぎるのも、少々難がある。

しかし街の様子は姫に良い刺激を与えたようだった。

いつもなら遠慮と気遣いによって『申し訳ないので帰ろう』という言葉が出るところだが、それがない。

初めての外の世界に魅せられたのだろう。


…楽しんでいるなら
それでいい。


そう思った。


大体の買い物を済ませ、最後に肉を買うため店に入った。

姫に生肉の吊るされた店は辛いだろうかと思ったが、無駄な杞憂に終わったようだ。

感心したように店内を観察する姿に、笑みが漏れた。

…存外、精神が強い。


「花が欲しい。できれば紅葉も。あと…肝か」


貧血には肝が効く。

力をつけるには『牡丹』…猪の肉だろうが、あれは少々クセのある味なので姫には合わないと思った。

比較的淡泊な味の肉を頼むと、店主が黙って頷く。

なかなか良い品ぞろえだ。

良い猟師と契約をしているのだろう。

そんな事を考えていると、店主がまじまじと姫を観察しているのに気付いた。

そのあけすけな視線に、緊張が走る。


…なんだ。

なぜ、こんなに凝視する。


姫が『西の国の正室』ということが庶民にばれることは、まずない。

彼らが姫の顔を知る筈がないからだ。

ならば俺の行動がまずかったのかもしれない。

質素な成りを心がけたにも関わらず、高価ともいえる買い物をした。

さらに、街に慣れぬ姫を過剰なほど気遣い扱った感もある。

惜しげもなく金銭をはたいてしまったうえ、女に対してのこの対応。

資産家と思われたのなら、厄介だ。

…妬まれる。

そして街の一人に妬まれると情報はすべてに廻る。

それは、つまり悪目立ちするということだ。

それは避けたい。

どこでどんな噂になり、姫の素性に繋がるとも限らない。

俺のせいで姫が窮地にたつ。

…許されない。

絶対に。


「…さっきから見てたんだが…」


俺と同じく姫にも、張り詰めた緊張が走っていた。

そんな俺達の雰囲気を知ってか知らずか、店主は殊更神妙な顔をする。


「あんたもしかして…」


姫を庇うように立った。

店主の次の言葉に神経を集中する。

…どう誤魔化す。

どう逃げる。

冷静な脳が様々な対応を叩きだす。

…どう、くる。

何に気付いた。

場合によっては少々手荒く、忍の薬でも使わねばならない。

そんな物騒なことを考えていた時だ。



「身重か」



拍子抜けする言葉が店主の口から発せられた。


…………は?


『身重』?