ーーー運命というものを、いつも信じていた。

けれど今は、信じたくないと思っている。

もし存在するなら、呪う。

彼は『忍』。

決して人を愛さない者。

そして私は『西の国の正室』。

名ばかりの『贄』。

決して人に愛されるはずのない、モノ。


…虚しくなった。


彼は決して、私を愛したりはしない。

…決して。

そんなことはじめからわかっていた。

なのに。

毎日毎日、彼は私に降り積もった。

まるで雪のように。

そっと。

でも確かに。

それは長年持ち続けた私の中の深く暗いい空虚を白に塗り替え、硬く痛い足場でさえも柔らかく優しいものに変えた。

幻のように美しい名を渡してくれた彼の笑顔が…忘れられない。


「笑顔…が」


そっとそう、呟く。

ほぼ、無意識に。

彼の笑顔。

笑い声。

それが鮮やかに私に刻まれて…消えない。

私がいるから、笑うのだと言うように思えた。

私がいたから笑えるのだと思っているように感じた。

それは胸にずっとかかっていた暗雲をも晴らし、風を巻き、空気を浄化して……踊った。

…世界が色を変えた。

そんな気がした。

どうしようもない想いに揺らされて。

どうしようもない願いに乱されて。

それ以外見るものがないほどに、彼への思いが私を埋めていた。

この思いの名を私はきっともう、知っている。

この思いを示す言葉を私はもう、知っている。

知ってはいけないこの想いの正体を、もう、私は、知っている。


けど、言ってはいけない。

形にしてはいけない。

そこに未来は、ない。

そんな事を考えていた時だった。


「笑顔が好きなんだってさ!!」


張り上げられた声に、息が止まった。


声のほうを振り向くと、悪戯な顔をした女性が彼と店主に無意識に吐き出してしまった私の言葉を伝えることろだった。


「奥さん、あんたの笑顔が好きなんだってさ!!」


その言葉に呆然とした彼と目が合う。


な……、
……何……!?


全身が羞恥に染まる。

彼のどこが好きかと問われた。

確かに彼の笑顔が好きだと思った。

しかし彼に伝えられるとは思わなかった。

なまじ本音だっただけに、なんと繕っていいかがわからない。

水から上げられた魚のようになっている私をしばらく呆然と見ていた店主が、満面の笑顔になり手で机を叩いてはやしたてた。


「いいねえ!!甘いねえお二人さん!!」