……『身重』?

予想外の台詞に二人してぽかんとすると、それを肯定ととったらしい。

店主は爽快な笑顔になり声を大きくして笑った。


「なんだよ、それならそうと言やあ、もっと安くしてやんのによ!!」


快活な姿に言葉もなく、お互い顔を見合わせる。

そして、視線が合った途端ふたりして赤面した。


…妊娠。

…妊娠、していると

そう思われたのか。


張り詰めたものが解除され、安堵を呼ぶ。

そして、言われた内容の奥を読んで顔があげられなくなった。

妊娠。

…つまり。

彼と私がそういう行為をすでに済ませた関係だと思われている、そういう事だ。

動悸がいっそう早くなる。

赤面し黙りこんだ私達に、店主はなぜか好印象を持ったらしい。

頼もしい声で店の奥から自分の伴侶を呼び付け、『錦』をわけてやれと言った。

驚いた。

『錦』。
牛の肉で、高級品。

なかなか手にできるものではない。


「なんかおかしいと思ったんだよ。着てる物のわりには高い買い物するし、娘さんには重いもん持たせてねえしな」


自分の推理が的中したと信じる店主は、自慢げにそう頷く。


「なんだい、おめでたかい」


過分な程の『錦』を包んで持ってきた女性も、我が事のように微笑んだ。

もしかしたら、飢饉の絶望に出生率が低下しているのかもしれない。

他人事ながらこんなにも喜んでくれるふたりを見ながら、そう思った。

国全体が、新しい命を期待しているように思えた。


「…違…」


私が妊娠しているという誤解を、彼は焦って否定しようとした。

が、咄嗟にそう思わせたほうが都合がいいと気付いたのだろう。

言いかけた言葉を飲み込み、困ったような表情で息を吐く。


「…まだそうと決まったわけでは…」


辻褄を合わせるために重ねられたその言葉に、また顔が熱くなった。

胎に子がいるかいないかはわからないと、彼はそう言ったのだ。

それは、そういう行為をしたという肯定の言葉でもあった。

そんな事実はどこにもないのに、目の前の彼らにとってそれは『事実』となる。

彼は私の夫。

私は彼に抱かれた事のある女。

そう思われている事に、照れた。

恥ずかしくてもどかしくてどうしようもなく居心地の悪い心持ちになるのに、どこかそれは明るい感情だった。

初顔合わせの時言われたあの言葉は、しかし決して…果たされることはない。

そう思うと、なぜかずきりと胸は軋んだ。