「…姫」

「………」


じっと黙る姿。

そしてやはりどこか冷める『熱』。


「朧」

「はい」


即座に答える声。

そして、緩む口元。


「姫」

「………」


失せる『熱』。


「朧」

「はい」


緩む口元。


「………」


……堪え……、

切れなくなった。


「…は…っ!!」

おかしかった。

愛しかった。

堪らなくなった。

朧と呼ばれるたびに自分の顔が緩んでいることを知らない姫があまりに愛しくて噴き出すと、なぜ笑われたのかわからない姫は困惑した顔になった。

それがまた更に心をくすぐって笑いが止まらなくなる。


――なんだ、この可愛い生き物は。

どうしろというのだ。

……一体。


感情のままにひとしきり笑ったあと、俺は軽く頭を下げ謝罪をした。


「…失礼しました」


まだ喉の奥に笑いが遊んでいたが、なんとか堪えつつ姫を見つめる。


「行きましょうか」


なぜ俺が笑ったのか姫は聞かなかった。

そして俺も、答えるつもりはなかった。

俺が笑った理由。

それは。


姫が、愛おしかった。

それだけだ。

愛おしくて愛おしくて、仕方なかった。


だから、言わない。

……絶対に。

…踏み込んではならない。

その場所は。

律するように瞳を閉じた。


そう。


いつもどこかで警鐘が鳴っている。

朝、姫が部屋から出てきて一番に出会うのが俺であること。

挨拶をされ、挨拶を返し、また挨拶をすれば挨拶が返ること。

いつも食事を共にすること。

天気や気温の話をすること。

季節や草木の話をすること。

陽が落ちれば眠る旨を伝えられ、就眠の挨拶をすること。

そして、こう言える事。


『また明日』。


それらすべてに、警鐘が鳴っている。

ずっと。

…ずっと。

明日も姫の傍に。

明日も姫の隣に。

明日も姫の目に俺が映るように。

願いのような。
望みのような。


もうすでに、
呪いのような。


日に日に積む思いは世界の色と匂いまで変え、夢の中までも侵しはじめた。


何度も口づけた。
夢の中で。

何度も抱きしめた。
夢の中で。

そして狂わんばかりに愛していると囁き続けた。

現には叶う由もないそれに息を乱されて。

駄目だと自覚する度線を引く。

自分ではどうしようもない距離を姫に保ってもらうために、姫の前で引く。

わざと。

強く。


『ここから先は入るな』と。