「姫」


準備ができた姫は、陽が差し込む部屋の中に座り、纏った服の柄を見つめながらぼんやりしていた。

淡い花の柄のそれはあえて質素なものを用意した。

若い娘が仕立の良いものを身につけているだけで人の目には卑しく留まる。

以前なら洒落たものを着けて歩く娘は称賛されたものだが、昨年の飢饉の余波が未だ根強く人々に残る現在、贅沢なものはそれだけで妬みの対象になった。

目立ったところで姫の正体はばれぬし、理不尽な輩から守り抜く自信も勿論にある。

だが、そんな不愉快な悪意を姫に味わわせたくない。

そして、はじめての外の世界をきちんと楽しませてやりたかった。

美しい姫に簡素なものを纏わせるのに抵抗がないでもなかったが、優先するべきものはそこと思い俺はそれを渡した。


単調で簡素なその服を素直に着る姫にやはり少し驚かされる。

見事な刺繍の施された着物を纏いながらも、姫はそれをどうとも思っていなかったのだという事を改めて実感させられた。

どうとも、思えなかったのだろう。

似合うも、似合わぬも、誰からも何も言われなかったのだから。

似合っても、似合わなくても、誰からも何も思われなかったのだから。

街の娘の格好をした姫は少し幼い印象になった。

とても可愛らしい。

だがやはり…、似合うか否かといえば否だった。

姫にあせた布は似合わない。


「姫」


粗末なものを着させてしまった気まずさに胸を重くしつつ

もう一度呼ぶ。

…が、反応がない。


「…姫」


姫は黙ったままそっと手を上げ袖の軽さを見ていた。

着慣れぬ感覚が珍しいのか、その感覚に集中しているのか。

なんにしても、いつもは必要以上に気を張り詰めている姫にしては珍しい状態にある。


「……姫」


やはり街に降りる事に緊張しているのだろうか。

それともまた必要以上に俺へ迷惑を案じているのだろうか。

そんな事も思ったが、それにしては瞳が明るい気がした。

こんな瞳をそういえば先刻見た。

名を得て呆然とした時、確か姫はこんな顔をしていた。

まるで初めて万華鏡を覗いた子供のような

そんな顔を。

もしやと思い、少し戸惑いながらも呼んでみる。


「……朧」


すると姫ははじめて今呼ばれたかのようにはっとし、顔をあげて俺を振り返った。

視線が合う。

純粋な瞳が正面から俺を捕まえ、言葉に詰まった。