体力も至らぬ、世間も知らぬ、外を歩くのも初めての女が、簡易に設定した『夫婦』という関係性とそれに伴う『名』にもうまくついてこられないのは、伴をする者としてどんなに重荷なことだろう。


――やはり外出はやめましょう。

――危険すぎる。


きっと、そう言われる。

……自業自得だ。

文句など、いえる訳がない。

もとより彼の善意で企画されたことだ。

私に意見を言う資格などあるわけもなかった。

…ただ、高揚した心があった為、沈むのはどうしようもなかった。

街に行くのが楽しみだったわけではない。

買い物をするのが楽しみだったわけではない。

誰かと共に行動すること。

それが、
楽しみだった。


…でも。

わかっていた。


そう思う事すら許されなかった私には、ほんの短時間でもそうして高揚できたことだけで過ぎた幸福だったのだと。

淡く染められた花柄の布地を悲しく見つめていると、何かを考えたように彼が息を小さく吸ったのが聞こえた。

予測された言葉が降ると思い、思わず目を閉じる。


「……姫」


……告げられる。

体が硬くなった。

やはり連れてはいけませんと、言われる。

虚しい気持ちで、返事をした。


「……はい」


静寂が降りた。

彼から次の言葉が返ってこない。

不思議に思って見つめると、つかみどころのない表情が私を見下ろしている。

その目は冷たくはないが、何かを探るようではあった。

……探る?

なにを。

彼の思惑がわからず黙って見つめ返していると、再びその唇が動く。


「……朧」


……あ。

その瞬間、彼のしている事がわかった。


『外出したいならこの名に反応しろ』。


そう言っているのだ。

改めて。


「はい」


急いで返事をすると、ふっと瞳が和む。

その温かい眼差しに鼓動が早まった。